綺麗なものは綺麗 | ナノ

クジャはクリスタルワールドの高台の縁に座り、思い通りにならない自分の髪に苛立っていた。
クジャの髪には木の枝が幾つも絡んでいた。
いや、木の枝にクジャの髪が絡んでいるのか。
この際どちらでも良い。
ともかくクジャは苛立っていた。
先程から絡みに絡まった髪から枝を取り除こうとしているのだが、どうにも上手くいかない。
そうこうする内に、上げた両腕が疲れてきて、尚更腹が立ってきた。
「…あの、のろまな枯木め…!」
…どうやら大樹と何かあったらしい。
クジャは、相当頭に血が上っているらしい。いつもなら、これでもかという程に気を使っている装いも、今はあちこちがずれていた。
そんなクジャだったから、だろうか。
それとも、敵意を感じなかったから、だろうか。
彼は彼の後方で彼を見つけ…暫く迷った後、彼へと歩み寄って来る存在に気付けなかった。
その存在は、彼に背後から近寄ると手を伸ばして、髪が絡まっている枝を、絡み合った髪を、あちこちに引っ張る彼の手に添え、そっと押さえた。
「そんなに強く引っ張っちゃ、駄目」
クジャは、ひっ、と音が鳴る程、鋭く息を吸い込んだ。
この声は、確かティナとかいう、敵陣の小娘だ。
幻獣、とかいうものとの混血の癖に、この崇高な自分と同じくトランスが出来るなんて、許し難い。
そんな小娘に背後を取られるなんて、何たる屈辱。
こうなったら、持てる最大級の力で吹き飛ばしてやる。
そんな思いで、技を繰り出そうと手を上げかけたクジャの耳に、春風の如くティナの声が聞こえた。
「こんなに綺麗な髪なんだもの。強く引っ張って傷ませたら、大変」
…。
前言撤回。悪い気はしない。
美しいもの――この場合は、僕だ――を、美しいと理解できる者には、まぁ、後ろに立たせるくらいは許してやってもいい。
ティナはクジャの手を髪から外すと膝立ちになり、クジャの紫銀の髪にそっと指を差し入れた。
悪い気はしない。
「1人で来たのかい?」
黙っているのも暇だったので、クジャは背後のティナに声を掛けてみた。
「ええ。危ないのは解っていたけれど、この場所は、神秘的で嫌いじゃなかったから」
悪い気はしない。
この僕の居城なのだ。神秘的、という表現は理に適っている。
「ふふん」
クジャは先程迄の機嫌の悪さを忘れることにした。
ティナの手は、クジャの髪から、丁寧に枝を取り除いていく。
自らの横に、取り除かれた小枝が置かれる度、クジャは上機嫌になった。
「ふふっ」
ティナは、そんなクジャを知ってか知らずか、嬉しそうに笑う。
「貴方の髪、ふわふわしていて、本当に綺麗ね」
悪い気はしない。
クジャは笑った。
「当然さ。どれだけ気を使っていると思っているんだい」
「そうよね。きっととても一生懸命お手入れしているんだと思うわ」
良い娘じゃないか。
クジャは上機嫌でそう思った。
この僕の、美しさに対する思い入れを正しく理解する者には、まぁ存在を認めてあげないことはない。
ティナはクジャの髪を解きながら、言ってきた。
「この枝、どこで絡んでしまったの?」
「それさ」
クジャは背後のティナに、肩を竦めてみせる。
「さっき、あの図体ばかり大きいのろまな大樹にやられたのさ」
「まぁ…災難だったのね」
何をしてどうなったか…については、クジャは言わなかった。
実際には、大樹に先に手を出したのはクジャの方であったのだが。
しかし、クジャにとって、そんなことは今はもうどうでもいいらしい。
自分の髪に枝を絡ませたという事実の方が、クジャにとっては重要だった。
いつか報復を、と思う。
…が、機嫌の良い今は、取り敢えずは置いておいてやってもいい。
ティナは、枝を全て取り除けたのか、クジャの髪を手櫛で梳き始めた。
「綺麗な髪」
悪い気はしない。
「私ね」
ティナは嬉しそうに笑った。
「こうやって、誰かの髪を触るの、好きなの」
クジャは得意気に笑う。
「なら君は、今日の幸運に感謝しなければいけないねぇ。この僕の髪に手を触れることができたのだから」
いつものように、歌うような、緩急のある抑揚で、クジャは言った。
「ふふっ。本当ね」
ティナは拘りなく同意した。
悪い気はしない。
「はい、元通り」
ややあって、上機嫌なティナの声が聞こえて、ティナの手がクジャから離れた。
クジャはふわりと浮かび上がり、空中で身体を反転させ、ティナに向き直る。
「本当なら」
芝居掛かった大仰な身振りと口調でクジャは髪を両の手で宙に払った。
橙色の光が満ちる空間に、銀色の髪が優美に踊る。
さらさらと音がした。
「僕の居城に入り込んだ者に、僕は容赦をしないんだけれど」
今日の君は、特別に逃がしてあげるよ。と。
艶やかな笑みをたたえながら、クジャはティナに言った。

それは酷く遠回しな、クジャなりの礼だったのかもしれない。
それを知ってか知らずか。ティナは膝立ちのまま、きょとんとクジャを見上げ…。
「…あら…」
そして、立ち上がると同時に、花が綻ぶような笑顔を見せたのだった。
「貴方、本当に綺麗ね」
悪い気はしない。





リクエストありがとうございました!
ご希望に添ったものが書けているか解りませんが、少しでもお気に召して頂ければ幸いです。宜しければどうぞお持ち下さい。

リクエスト主様へ。精一杯の感謝を込めて。


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