十年後一緒に叶えよう






「おい、お前」

後ろから投げかけられた、まだ声変わりを迎えていない少年特有の声にエルマーナは振り向いた。
乾燥したサニア村で彼女の薄桃色の短髪よく映えている。
サニアと同じ地域にたちそびえるはマティウス率いる教団の本拠地、黎明の塔。
ルカ、そしてエルマーナたちは今日中にもその黎明の塔へと出発するらしい。
そして声の主はエルマーナと同い年の少年、シアン。

「どないしたん、シアン?」
「お前の将来の夢はなんだ」

一体なにを唐突に言い出すのだろうと、エルマーナは軽く眉をひそめたがシアンはいたって真面目のようでまっすぐに彼女を見据えている。
今度はそんなシアンとは反対ににやり、といたずらっ子のような笑みを浮かべてみた。

「そんなん、決まっとおやん。……お嫁さんや」
「なっ!」

シアンの面喰らった姿にくすくすするとシアンは慌てて先ほどの真顔に戻した。
その様子さえも可笑しくてにやにやが収まらない。
そのにやにやを顔に貼り付けたままエルマーナはシアンに近づいてその目を覗き込む。
突然彼女の顔が近づいてきてシアンの真顔に焦りの色が浮かびあがると目を合わせないように視線を泳がせた。
そんなシアンの心情に恐らく気づいていないエルマーナ。

「な、なんだよ」
「なんでウチにそんなこと聞くん?シアンから話しかけてくるなんて、そうそうあらへんからなあ。……ウチ、ちょっと驚いたで?」
「それは……とっ、取り敢えずぼくから離れろ!」
「なんや自分、ウチのフェロモンにくらくらになったんやろー」

そう言いながらエルマーナはそっとシアンから顔を離した。
シアンといえば焦りとはまた違う、戸惑いの表情を浮かべていたがエルマーナの冗談で緊張がほぐれたのか、ぶつぶつと小さい声で話し始める。目は合わせないまま。

「マティウス様……いや、マティウスは強い。だから、そのっ、心配、だった。将来の夢が何もないまま挑んだら、お前が帰ってこないんじゃないかって」
「シアン……」
「でっ、でも、まあ、安心したさ。内容は置いといて、夢をもってたからな」

ぶっきらぼうにそう吐き出したシアンにエルマーナは再び顔を近づける。
離れろ、シアンの要求に、嫌や、即答。
そして十三歳とは思えない真剣なまなざし。

「ウチは絶対大丈夫や。あんなやつに負けへん」
「約束、だぞ」

シアンは力強く頷くエルマーナをみつめた。
目がぱちりとあって嬉しそうに微笑むそんな彼女に鼓動が早くなる。
しかしそれもそんなに長くはなかった。
あっと言う間にエルマーナはにやりと黒い笑みを浮かべる。

「自分の夢は? ウチ、知りたい」

エルマーナの問いにシアンはぽかんとする。
考えていなかったのだろうか。
しかし少しの間だけ考える素振りを見せるとシアンはすぐ口を開いた。
そして寂しそうに微笑みながら。

「家族がほしい」

そのいたって簡潔な言葉の裏にある孤独の十三年間をエルマーナは知っていた。
長く、重い、毎日を知っていた。
温もりを知らず、憎しみに塗れ育ち、偽の慈愛に依存し、そして信じていた人からの裏切り。
安い同情では決して癒すことはできない。
だからこそ彼女はできる限りの明るい声でこう言った。


「ウチはあんたの家族やで」

きょとんとするシアンに優しく微笑みかける。
乾いた風がシアンとエルマーナが首に巻いているそれぞれの布きれを同じように揺らす。
どきり。またシアンの鼓動が速く、そして大きくなる。
なかった、こんなこと。
今まで、人間に対する嫌悪と、マティウスに対する崇拝心、そして孤独。
ヒトがぼくの心を揺り動かしていたのは『きらい』っていう感情。
じゃあ、この気持ちはーー

「大体その夢、ウチのとかぶっとおやんー!」

エルマーナの大げさなリアクションにシアンは、はっと我に返る。
片手を腰に手を当ててケラケラ笑うエルマーナ。
一通り笑うと満足したのか落ち着いた様子でシアンの肩に手をおいた。
むき出しの細い腕、彼女は武器もなしにこの腕だけでかの魔王の生まれ変わりと戦うのか。

「そろそろウチ、準備せなあかん。ほな、行くわ」
「……ああ。わかった。その、あ、ありがとう」

ぎこちなくそう言うとまたさっきの感情がふつふつと湧いてくるのを感じた。
彼女を失いたくない。
ずっとこうして一緒にいてほしい。
たくさんの想いが彼の胸を渦巻く。
するとそんなシアンの耳元をエルマーナの吐息をくすぐる。
彼女の囁きが一瞬にしてシアンの重い心を浄化した。

「ウチとほんまの家族なるんやったらまだ十年早いけどな」

そうして少女は駆け足で去っていく。
残されたシアンは呆然と立ち尽くし、今度こそ止まらない鼓動とひとり戦っていた。


「あいつ、ぼくを子ども扱いしたなっ
! くっそー! 今度は」

どくん、どくん、どくん。
そうか、これが、この気持ちがーー。

「今度は、十年後は、ぼくがあいつに言ってやるんだ!」

ーー『すき』って気持ちなのかな。

長い悲しみを背負った幼いふたりの未来は、これから輝き始める。
暖かい、家族を夢見て。










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あとがき
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