戦争の敵同士だという
その運命が

ボクたちを近付けさせてくれない。







夕暮れの赤い空を背景にそびえ立つ黎明の塔はもうすぐそこだ。
青い光の球に導かれて魂の巡礼路カルディアももうじき抜ける頃だろう。
教団の信者やレグヌム兵との戦い、そしてマティウスとの決戦に備えてルカたちはコンディションの最終確認をしていた。
それぞれ武器の手入れなどをしている中、暇そうにして平らな岩に腰をかけているのはコンウェイ。
そしてやるべきことを早々に終えた様子のキュキュが彼とは別の岩に座り、向き合っていた。
と言っても互いに目を合わせることはなくどちらもどこか宙を見ている。

「あー……、イナンナはアスラの敵、殺す使命もて、アスラのとこ来た。これであてるか?」
「そう。それにイナンナは元からアスラの行おうとする天地融合には反対していた。根っこからのアスラの敵だったのさ」

天空城での記憶をキュキュはみることのできなかったのでマティウスと戦う前に少し勉強しようとしているらしい。
それでも天上でのことは大雑把にしかわからないのだが。
一方のコンウェイは知識こそ豊富のようですらすらと答えたが当の本人は大して興味がないようだ。
コンウェイはちらりとキュキュに目線を向けると馬鹿にしているかのように嘲笑う。
ここでの会話は二人以外には聞こえないので普段より解放的になっているようだ。

「キミ、よくもこの世界に来ようと思ったものだよね。これくらいのことも勉強せずに来るなんて」
「……言わなかたか? キュキュは──」

コンウェイに苛ついたのかキュキュは立ち上がるとぷぅと頬を膨らませて睨んだ。
だが、すぐに落ち着きを取り戻して彼に負けず劣らずの嫌みな笑顔を見せた。

『そうやってコンウェイはいつもキュキュから一方的に情報を聞き出そうとするのね。この卑怯者』
「卑怯もなにもキミが勝手に言ったんだろ。えーと、士官生徒だっけ?」

白々しくコンウェイがそう聞くと悔しそうにキュキュは歯を噛み締めた。
どう返してもこの男を言い負かすことができない。
そんなキュキュをコンウェイは楽しそうに眺めると勝ち誇ったように語り始めた。

「どうしてそんな顔するかな。ボクがいなかったらキミ今ごろ異界の狭間で死んでたかもしれないよな」

標高の高い場所にいるためか、冷たい風が吹き、コンウェイの軽い髪とマントを揺らす。
やはり言い返せない。
立っているキュキュが座っているコンウェイを見下ろす形になっているはずなのに見下ろされている気がする。
ぎゅっと拳を握った。

「それにそろそろここの言葉喋れてもいい頃じゃない?」
『なによ。今日はやけに挑発的ね』
「怪しまれるからここの言葉つかって」
「……ムカつく……!」

コンウェイは片方だけの口角を上げてにやりとするとキュキュから目を離してそう遠くない黎明の塔を見上げた。
彼女を言いくるめることなんて簡単だ。
プライドの高い部族だということさえ頭に入れておけばある程度はこちらの思い通りになる。
するとキュキュが口を開き、コンウェイは再びキュキュに目を向けた。

「キュキュ、もうひとつわからないことある」
「なんだい?」

冷静を装い、声を低くして尋ねるキュキュ。
コンウェイと話すときはいつもこのトーンだ。
──たまには普通の声色で話してくれてもいいのに。
と、コンウェイは思いながらも表情は崩さない。
少し遠くでイリアかリカルドの試し撃ちの銃声が聞こえた。
塔への出発ももう近いだろう。

「創世力、愛し合う者としか使えない。どうしてアスラとイナンナ使えたか?」
「どうしてそれをボクに聞くかな。本人に聞けばいいのに」


今までのより強い風が吹いた。
キュキュの背中に垂れていたストールが前に流れる。
コンウェイは、すっと立ち上がるとキュキュに近づいた。
キュキュは警戒して微かに身構える。

「せっかくだから教えてあげるよ、キュキュ」

にこり。
まだ表情は笑顔を張りつけたまま。
優しく、でも小さくはない力で、くいっと彼女の首から胸元に流れたストールを自分の方に引き寄せる。
目は合わせたまま。

「アスラとイナンナは本当に愛し合っていたんだ。敵だということも忘れてしまうほどにね」

そのまま山吹色のそれを後ろに持ってきてあげるとキュキュの横を通りすぎた。
しばらく動けなくなってぼーっとするキュキュ。
だがすぐに我に返ると後ろを振り向いてコンウェイの背中に声をぶつける。
声はやはり、低い。

「でも! イナンナはアスラ、殺した! 戦争の敵、殺しあう、それ」

コンウェイは足を止める。
振り向きはしない。
少し間を置いて、キュキュは続きを言った。
その声は彼女の素の声だった。

「運命」

一体彼女はどんな顔をしているのだろう。
気にはなったがコンウェイは決して振り返らなかった。
運命。
国境の溝がここまで人を遠ざけるなんて。
別に悲しくはない。
自分もその意見には同意だ。

「愛し合うことは否定しないんだね」

誰にも聞こえないような声でそう呟くと彼女が視界に入らない程度に振り向いた。
目線は地面。

「黎明の塔で絶望を背負いし覇王を倒せばルカ君たちとの旅も終わる。みんなのところに行こうよ」
「……っ! キュキュ、別れ、寂しくない!」

そう彼女は怒鳴ると走ってコンウェイを追い越して旅の“仲間”たちのところへ行った。
──本当にプライドの高い、めんどくさい部族だ。
コンウェイも七人のもとへゆっくり向かった。












異界で出会うという
その運命が

ボクたちを近付けさせてくれたのじゃないのかい。













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