おとぎの中で




彼がこの世界──無垢なる絆の世界に来てからかなりの時が過ぎた。
ここは西の国ガラムの宿屋。
一階のフロアでコンウェイはこれまでのことを思い返していた。
レグヌムでルカ・ミルダと出会い、憂いの森で彼らと合流。
かなり強引な形にはなってしまったがともに行動すればこちらのものなのだ。
──彼らは必ずボクを導いてくれるのだから。

「ルカ兄ちゃんは絶対に目ぇ覚ます。せやからイリア姉ちゃん、泣くのやめよぉや」

同じく一階のフロアのソファから二人の少女小さい背中がみえる。
一人の肩は小刻みに震え、もう一人がそれを優しくさする。
そんな彼女の背中もどこか悲しげだった。

「でもっ、もしこのまま死んじゃったら……! あたしのせいだ……。全部、あたしがルカを旅に連れ出したからっ」

コンウェイだけは全てを知っていた。
ケルム火山でハスタと出会うことも、そこでルカが刺されることも。
もちろん、ルカが目を覚ますことも。
それでも彼は『ルカ君なら大丈夫』とそれ以上言うことはなかった。

「そんなことあらへん! イリア姉ちゃんはなーんも悪いことしてへんやん! ウチの子のことや。無事やから、な? イリア姉ちゃんのそんな顔見たら、ルカ兄ちゃん驚くで」

コンウェイは不思議だった。
もともと人付き合いに興味はないのだが、彼らの見えない真っ直ぐな、そして強い“絆”が不思議だった。
彼らは昔から仲のいい友人というわけではない。
同じ前世の記憶を共有するだけの人物を集めただけなのだ。
それだけの関係なのになぜここまで親身になれるのか。
自分はルカが無事だということを知っているということもあるのかもしれないが。
少女のすすり泣きだけが聞こえる宿屋にひとりの男が入ってきた。
男はすたすたとこちらに向かってくる。

「おかえり、リカルドさん」
「ルカの様子は?」
「特になにも変わらないみたいだよ」
「そうか……。ガルポスへのチケットを手に入れた。明後日あたりにはここを発ちたい」

リカルドは七枚の紙をポケットに無造作に入れる。
その枚数に気が付いたコンウェイは思わず口を開いた。

「ねぇ、リカルドさん。ボクがこんなこというのもなんだけど、どうして君たちはそんなに無垢に関わりあえるの?」

特にあなたは彼らを一度裏切ると今の時点で心に決めているのに、とこれは心の中で。
リカルドは端麗な眉を少し寄せるとすぐにこう答えた。

「先ほど言ったはずだ。“依頼人の友人”だと」

淡々と答えるリカルドにコンウェイは聞こえないように鼻で笑った。
またそうやって大人の振りをする。

「あなた個人のことを聞いているんじゃない。旅のメンバー全員の事。同じ転生者だから?」
「それは違うな」

リカルドは口の端を緩めて先ほどよりも早く回答した。
そして少し遠くのイリアとエルマーナの背中を眺める。
まるで自分の子を見守るように。

「確かに俺たちは同じ境遇をもって旅をしている。だがそれ以上に同じ目的、同じ信念をもつ“仲間”だ。何者にも負けない絆をもっている。本当はお前が気付かないはずはないと思うがな、コンウェイ」

ちらりとこちらの目をみるものだからコンウェイもにこりと微笑み返す。
こう言いながらもリカルドは今もルカのことを心配しているのだろう。

「まあ今のは、ガキの話だがな」

満足そうにそう付け足すとリカルドは腕を組み、二階のルカのいる部屋へ目を向けた。
ちょうど、その時。

「……ルカ!? ルカっ!」

その扉の向こうからスパーダの大声が聞こえてきた。
はっとエルマーナも二階を見上げる。
一方イリアは前にも増して声を上げて泣き出した。

「おい! 聞こえるか、ルカ! 起きろ!」

まだ目を覚ましたわけではなさそうだがここまでくればきっと旅の再開も近いだろう。
スパーダの声に続きルカのくぐもった声もうっすら聞こえてきた。
エルマーナとイリアは顔を合わせると早足で階段へと向かった。
ふと隣をみるとリカルドの顔色もどことなくよくなっているような気がした。
と言ってももともと血色のいい方ではないのだが。
二人の少女が部屋に入ってしばらくたつと、リカルドが口を開いた。

「そろそろ俺たちも行くとするか」

どうしてこの世界が、このおとぎ話が“無垢なる絆”と呼ばれているのか。
コンウェイは少しわかった気がした。
しかし彼の目的である魂の救済はまだまだ先。
そしてそれまでには数々の出来事が待ち受けている。
あいにくコンウェイは前世だの創世力だのの夢物語に興味は持ち合わせてはいない。
目的さえ、達成できれば。
そして国へ帰還することができれば。
数段先を進むリカルドの背が負っているものも自分にはみえる。

「もうしばらく」

彼らと自分は違う。
同じ目的も同じ信念も持たない。
彼らの生死を案ずることも少なくとも旅の間はない。

「世話になるよ」

この物語の終わりを自分だけが知っている。
誰も邪魔をすることなんてできない。
ボクは必ず生きて帰る。
そして君たちのことをボクの世界で語り継ごう。













彼が同じ目的、同じ信念をもつ少女と出会い『生きて帰るぞ』と声を荒げるのは少し後のお話。




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あとがき
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