意外にもコンウェイとキュキュはすぐに眠ることができた。
例え同じベッドの上に敵国の殺したいほどの宿敵がいたとしても、スタイル抜群の未成年の少女がいても旅の疲れで夜更かしなどできたものではない。
年頃のスパーダやルカならわからないが。
それに寝首を刈られる心配も今はないのだ。
生きて元の世界に帰る、そのためにはいつかは必ず互いの戦力が必要になることだろう。
加えて、ルカたちの旅の邪魔もするわけにもいかない。
殺しあいなんて論外だ。
今は表面上だけでも“仲間”なのだから。
もっともキュキュ自身は殺さないだけマシ、と言うものだから表面上と言っても仲良くするのは難しいのだが。
時計の針が二時を指す頃、コンウェイは右腕に違和感を感じて目を覚ましてしまった。
そういえば彼女と同じベッドの上なんだっけ、と天井を眺める。
そしてその違和感のある右腕に目をやると。

「なっ」

思わず声を出してしまった。
彼女、そうキュキュがコンウェイの右腕に自分の両腕を絡めているのだ。
簡単に言えば、彼の腕に抱きついているのだ。
キュキュの小さい寝息が彼の白い二の腕をくすぐる。

「(まいったね)」

薄ら苦笑を浮かべるコンウェイ。
どうしてこうなった。
普段から余裕綽々の彼もさすがに突然の事態にお手上げのようで、覚醒してばかりの脳をフル回転させる。
彼女はわざとだろうか。
いや、目があっただけでも不愉快極まらない様子のキュキュに限ってそんなことはない。
初対面の人間にも抱きつく彼女はこちらから頼んでも抱きつかないほどだ。

「……」

ふと、何か柔らかいものが腕に当たっているような気がした。
いいや、そんなことはない!
懸命に自分に言い聞かせる。
スパーダ君じゃないんだから、と。
しかし彼女の細い髪か、褐色の肌か、ふんわりとした女性独特の香りがコンウェイの余裕を少しずつ奪ってゆく。
ぷつん、と自分の中で何かが切れる音がした。
──悪いね、キュキュ。オレも男だ。
左半身だけ起こさせて彼女に覆いかぶさる。
胸の緊張が最高潮に達した、ちょうどその瞬間!

「……ん」

マッハの勢いでコンウェイは元の位置に戻る。
危ない、危ない。
獣人化するところだった。
ボクはスパーダ君とは違う!
完全にいつもの良心を取り戻したコンウェイの腕にキュキュは更にぎゅっと身をよせる。
どうやら起きたわけではないようだが明らかに様子がおかしい。

「──」

寝言だろうか、途切れ途切れではあるが何か発している。
それもやはり母国語──つまりトライバースの言語のようだ。
コンウェイは目をつむり、耳を澄ます。

『死なないで』

それが一番始めに彼の耳に入った言葉。
はっともう一度目を開き、彼女を見つめて続きを待つ。
『待って』、『行かないで』『目を覚まして』。
次々に発される懇願の言葉。
一言一言の間隔が少しずつ小さくなっていく。
しまいには先ほどより更に強くコンウェイの腕を抱きしめて顔を埋める。
起きる様子は、ない。
彼女の悲痛の頼みは自分に向けられているわけではないことをコンウェイは知っている。
むしろ、大体どのような悪夢を見ているのかもが彼には想像できる。
それも自分側に原因があることも。
彼女は敵だ。
彼女にとって自分も敵だ。
あちらの世界だったらいつ殺しあってもおかしくはない。
それはわかっていたし、これからも変わらないだろう。
でも彼は今、初めて気付く。
いや、前から気付いていたかもしれないが今、もう気付かざるを得なかった。
キュキュはひとりの少女だった。
決して高い方ではない自分よりずっと低い身長。
歳は六つも離れている。
小さい小さい少女。
常に誇らしげに強さを見せ付けるのは彼女の民族故であるが、その民族も今では彼女ひとりだ。
他はみな、死んだ。
捨て身のように敵の中に飛び込み、あっという間にねじ伏せる。
その強さとて精進した産物であるのは確かであるが彼女の民族はどんな“薬”でも栄光のためにはためらいなく使用すると言われている。
それほどの覚悟を持って戦いに臨んでいるとしても、彼女はまだ十八の少女なのだ。
もしかしたら自分と同じくらい、それよりもっと重いものをその小さな体で背負っているのかもしれない。
それに気付いてもなお、コンウェイは彼女に手を貸すことも救うことも癒すこともできないのだ。
同じ世界に住む、異なる人間だから。
少しずつ力を入れてキュキュの細い腕から自分の右腕を抜く。

「──!」

キュキュの寝顔に焦りの色が見えた。
大事なぬくもりを失ったような悲しみも含んでいる。
──ボクは君から全てを奪う側の人間だ。
コンウェイは淋しそうに微笑むと今度は左腕でキュキュの体を引き寄せる。
──でも。
コンウェイの胸にしがみついて再び穏やかなキュキュの寝息が聞こえると彼も安らかな気持ちになった。
──今だけなら。
数回頭をゆっくりなでてやるとコンウェイも目をつぶった。
そう、今だけ。
いつか訪れる帰還の時までに、こんな感情、この世界に捨てておかなければ。









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あとがき
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