novel | ナノ



02
 
目を覚ますと、木の天井。
「…ん」
ぱちぱちと目を瞬くと、声がした。
「お、天女のお目覚めだ」
誰だろ?あたしはさっき――
そうだ、さっき空から落ちて、"何か"の上に落ちてきたんだ。あたしの記憶が正しければ、だけど。ということは、"天女"というのはあたしのことだろう。
「ああ、ほんとだ。
ええと、取り敢えずはじめまして。あなた空から降ってきたんだけど覚えてる?」
視界に入ってしゃべってるのは、青い髪のお姉さま。すごい美人。あんまりお目にかかれないような美人だった。もしかして、ミスコンの最中に落ちてきちゃったとか?
「覚えてます…というか、ここどこ―――」
体を起こして周りを見回しながら言うと、すぐとなりのベッドに寝てる女の人に目が止まった。真っ赤な顔で、苦しそうにしている。熱が高いに違いない。だけど、氷枕もしてないし冷えぴたも貼ってない。
「この方大丈夫なんですか!?氷枕と冷えぴたと水が用意されてないですしっ」
病人の体に響かないように、なるべく小さい声で言う。するとすぐに、誰かがはしごから外に出ていった。…はしご!?おばあちゃんの実家にしかないよ、はしごって。
「お医者さん、ですか?」
さっきの美人さんに話しかけられた。
「そうゆうワケじゃないんですけど、あたしついこないだ風邪引いたから。もしお医者さんだったら薬の処方とか解るんだけど」
そう、あたしはつい3日前まで風邪引いてた。熱はそんなに高くないけど結構辛かった。今も鼻水がずるずるだ。
「そうなんですか…。実はこの人熱が――」
そこまで言ったとき、扉を開けて金髪の人が戻ってきた。手には水の入ったグラスと氷枕がある。さっき出ていったのはこの人だろう。
「持ってきたぜ。けど、冷えぴたっつーのはなんのことだか分かんなかったからないんだけど」
冷えぴたを知らない?もしかして実はお金持ちの人だったりするのかな…。冷えぴたって結構庶民的療法だから(だってお金持ちの人が冷えぴた貼ってるなんて考えらんないし)。
「ああ、ありがとうございます」
そう言って立ち上がろうとすると、さっきぶつけたらしい額が痛んで、くらっとする。
「あ、」
倒れそうになったあたしを、金髪さんが支えてくれた。
「すいません、ありがとうございます」
そんなジェントルマンなことされたことがないあたしは、耳まで真っ赤になる。ぼそぼそとお礼を言って氷枕と水を受けとった。水は枕元に置いてある椅子に置いた。なるべく病人の頭を動かさないようにして、普通の枕と氷枕を入れ換える。
「あの、冷えぴたがないんなら、氷水の入ったビニール袋みたいなの準備できますか。この人の頭に乗せれるような」
「おう、任しとけ」
さっきの金髪さんがぐっと親指を立てて、またはしごから出てった。部屋には美人さんと病人とあたしと鳥―――鳥!?
いけない、二度見しちゃった。今は病人のことを考えなきゃ。
「今、熱は何度あるんですか?」
「さっき計ったら40度だったんですけど…」
「!!?40度!?それ以上あがると死んじゃうよ!?」
「そ、そうなんですか?」
美人さんがびっくりして言う。いやいやいやいや、常識でしょ。やっぱりお金持ちの箱入り娘だったりとかするのかも。話合わなそうだわ…。
静かになって耳を澄ますと、上でばたばた動くのが聞こえて、金髪さんが戻ってきた。今度は後ろに誰かいるらしい。
「はいよ」
金髪さんはあたしに冷えぴた(紛い)を渡した。あたしは受けとると、額の上のタオルをどかして、冷えぴた(紛い)をのせた。
「お前、目ぇ覚めたのか」
金髪さんの後ろにいた人が、ひょこっと顔を覗かせた。麦わら帽子をかぶっていて、真っ赤な服を着ている。
「あ、はい。どうもご迷惑お掛け致しました」
彼に向き直ってあたしは少し頭を下げる。
「おう、でもいいんだ、そんなことは。
な、お前さ、空から降ってくるってなにがあったんだ?持ち物見たら変なもんいっぱい入ってるしよ!」
すっごいきらきらした目で見つめられる。え…そんなおもしろい話じゃないんだけど。実は雲の上で暮らしてたの〜とか実はあたし神様なの〜とかいう話じゃないし。そんな目で見つめられても、
「…困る」
「おいおい、天女が困ってんだろ。男は女を困らしちゃいけねーんだぜ」
金髪さんが言う。
「あ、そーゆーんじゃなくて。今のはただの独り言だから。
あの、さっき持ち物に変なもんいっぱいあるって言ってましたけど、何がそんなに変だったんですか?」
あたしは首をかしげた。だって、あたしのリュックの中はノートと教科書と筆箱ぐらいしか入ってない。あ、化粧ポーチもある。今はすっぴんだけど。弁当は学食で食べる予定だったからないし、お金はそのまま制服のポッケん中。何がおかしかったんだろ?
あたしからしてみれば、この部屋の気温がすごい低いのに寒そうなかっこで普通に歩き回ってる方がおかしいし(あたしは布団を被って寒さをしのいでる)、熱が40度もあるのに氷枕もないのもおかしいし、冷えぴた知らないのもおかしい。他にもいっぱいおかしいとこあるけど、挙げたらきりがない。こういう状況は、ちよっと―――ぞくぞくする。
「何がおかしいって、お嬢さんの持ってた本みたいなのの字が読めない様な字だし、ペンだって見たこともないペンだしよ」
金髪さんが言う。読めない様な字って、そんなあたしの字汚いかな!?自覚はあったけど、ショック。だけど、見たこともないペンってどういうこと?文明がめちゃめちゃ遅れてるとか?実は羊皮紙に羽ペンで書くようなところなの?ハリポタやん!え、なにそれ興奮しちゃうよ!?
「見たことないペンって、じゃぁなに使って書くの?」
ほんとは字のこと謝ろうと思ったんだけど、ちょっと下心が…。い、いいよね?
「なにって、羽ペンだろ」
金髪さんは眉をひそめて言った。うわ、まじか!羽ペンとか憧れだ!
でも待って、ほんとはあたし今日本語の通じる、違う文字を持つ国に来ちゃったのかもよ?だとしたら、あたしの文字の汚さで読めないことにはならないはず。だって、あたしの友達普通にあたしの字読んでたもん。
「え、じゃぁあたしの字が読めないっていうのは…」
「ああ、所々は読めるんだが、ほとんど読めねえんだよ。あれは暗号だ、違うか?
ナミさん看病してもらってこう言うのも何だが…、お嬢さん、海軍かなんかのスパイなのか?」
金髪さんが言うと、麦わら帽子の人もミスコンさんもじっと見つめた。
「あたし、どこのスパイでもない。こう言っても信じてくれないだろうけど。だけど、あたしはほんとにスパイじゃない。日本に住む、ただの女子高生。ただの一般人。」
「「「にほん?」」」
三人は口をそろえて言った。
「え?日本を知らないんですか?」
「なんだよ、にほんって?肉か?肉の名前か?」
麦わら帽子の人が言うと、金髪さんがその頭を軽くはたいた。
「バカ、そんな肉の名前あるか」
「その、にほんっていうのは何なんですか?」
ミスコンさんに言われて、あたしはびっくりした口調を隠せずに言った。
「日本って、国の名前」
「ええと、そのにほんって国は王様がいらっしゃらないんですか?だから王族会議で見かけなかったのかしら」
「王族会議?
王族はいっちゃいる。象徴だけど」
ミスコンさんは大きな目を更に見開いた。
「象徴?じゃぁ政治は…」
「皇族は政治には関われないよ?だって過去に天皇中心の世の中にしたら戦争になっちゃったから」
「!?」
ミスコンさんはびっくりしたみたいだった。第二次世界対戦の日独伊三国同盟って有名じゃないのかなぁ?現社の先生は有名だって言ってたのに。
だけど、あたしにも聞きたいことがある。さらに寒くなってきたから、布団をきつく巻き付けながらあたしは言った。
「あの、ここってどこですか?」
「ああ、ゴーイング・メリー号の船内だ」
麦わら帽子の人が言った。船か。頭痛いのは船酔いかな…。
「船長さんは?」
「俺だ!」
麦わら帽子の人が自信たっぷりに言った。あたしは自分の片眉がつり上がるのを感じた。こんな子供が船長って…大丈夫か?色々と。
「お嬢さん、聞いたことないか?"麦わらのルフィ"って。まだそこまで有名でもないか…」
「"麦わらのルフィ"?」
「おう!おれはな、いつか海賊王になるんだ!」
「か、」
海賊!?今の時代にそんなんいたの!?
ていうか、
「海賊王て、ナニ?」
「「「え?」」」
あたしの言葉に、三人は目を丸くした。
「お嬢さん、どっかの箱入り娘か?」
「違うってば!あたしはただの一般人だってさっき言ったじゃん!それに、あたしの家は貧乏だったし過保護でもなかったもん」
「じゃあなんで――」
「ちょっと待って、サンジさん。
あなた、ええと…」
「苗字名前です」
「名前さん、どこから来たの?」
「だから、日本だってば!」
いけない、おっきい声出しちゃった。慌てて口をふさいで後ろを振り返って病人が起きてないか確認する。
また人が降りてきて、今度は緑の髪の人が入ってきた。
「どうしたんだ?」
「いや、このお嬢さんがよ…」
「拷問してたら叫び始めた?」
「違うわボケ!こんな麗しいお嬢さんを拷問するわけねぇだろーが!」
金髪さんはそう怒鳴ってまりもさん(今命名。緑だから)に蹴りを入れた。と思ったらまりもさんが剣で防いだ。どうなってんの、この船。あ、海賊船か。
「病人がいるから静かにしなきゃダメです」
しー、と人差し指を立てると、金髪さんが素直に言うことを聞いてくれた。まりもさんも、渋々剣をおさめる。まあ、あたし人のこと言える立場じゃないんだけど。さっきおっきい声出しちゃったしね。
「そうだぞ、サンジ、ゾロ。
そんで、ゾロ。にほんって国知ってるか?」
「にほん…?いや、聞いたことねぇ」
「ナミさんなら知ってたかも知れないけど、今は…」
ミスコンさんが病人の方を向きながら言った。多分、病人の名前がナミなんだろう。
「そういえば、この船って船医さんいないんですか?」
「ええ、いないわ」
「じゃあ風邪ひいたらどうするの?」
「いや、おれたち風邪ひかねえから…」
「!?」
どんな人種!?
「それよりお前、なにもんだ」
まりもさんが聞く。さっきいなかったもんね。けど、また同じこと話すのか。
「あたしは日本に住む16の女子高生で、ただの一般人。なんでここにいるかは、自分でもわかんない。朝、いつも通り学校行こうとしたら転んで、気がついたら空飛んでて落ちたのがここ。今あたしが分かるのはそれだけ」
「…お前がスパイじゃない、つまりおれたちの敵じゃない証拠は」
しょ・う・こ?そんなもんあるわけないでしょ!
叫びそうになったけど、どうにか圧し殺した。
「証拠になるかわかんないけど…携帯とか?あとは日本円持ってるからそれとか…iPodとか?」
ポッケから色々取り出して並べた。
「あたしの背負ってたバッグに入ってるもの、あれは教科書とノートと筆箱。学校で使うから」
みんなを見上げると、びっくりした目であたしを見つめてる。
「お前…どっから来たんだ?」
麦わら帽子の人が心底びっくりした声で聞いた。
「だから、日本だって―――」
あ――――ちょっとまって、もしかしてここは地球じゃない?あたしは朝、家を出て、転んだら空を飛んでた。まずそれがおかしかった。それに、あたしの住んでたとこには海賊なんてめったにいるもんじゃなかった。船も、木で造った船室つきのなんてそうそうない。そして、あたしが意識を失う前に見た白いもの――あれは帆だったに違いない!
あたしは布団を投げ捨てて、急いで上に上がろうとした。だけど、まりもさんに阻止される。
「何しに行くんだ」
「確認するの!この船が帆船かどうか!」
まりもさんは眉をひそめた。
「確かに、この船は帆を張ってる」
「なんっ――――!!!」
今度は、あたしが目を見開く番だった。
深呼吸をしてなんとか動悸を鎮めようとするけど、どうにもなんない。もう、放置する。足もがくがく震えたまんまだし。
「あたし、ねえ、違うの!なにがって?永遠――違うってば!"永遠"の一節なんてどうでもいいの。とにかく、ああ、あたしどうしたらいいの?だってここ、あたしのいたとこじゃないんだもん!」
あたしの手は、あたしを阻止しようとしたまりもさんの腕をがっちりつかんだまま。離れない。力が入ってるんだか入ってないんだか分かんない。
「自分のいたとこじゃないって、どういうこと?」
ミスコンさんの言葉が、辛うじてあたしの耳に潜り込む。
「つまり、あたしの住んでた日本は存在しない!あたしの帰るべき所はここにはないの!違う世界なの、あたしにとって!異世界なの!違うのっ!」
取り乱してる。知ってるけど、どうしようもない。留めてあった前髪が落ちてきて目の前にあるのがわかるけど、とめなおす気にもなれない。
「異世界?」
麦わら帽子の人があたしを見つめる。キラキラした目で。
「お前、違う世界から来たのか!だからこんな変なモンばっかもってんのか?
おもしれぇな〜、お前!!」
彼は、口を大きく開けてにかっと笑った。
「お前、おれたちの仲間んなれ!」
「「「「「!!!???」」」」」
何を言ってるの、この人は!?あたし会ったばっかりで、あたしでさえ信じらんない"異世界説"を軽々しく信じるなんて。
「な!!」
彼は、あたしを誘っている。海賊にならないかと。普通なら、たぶん断る。っていうか、断るのが普通。だけど、あたしは今、実際に違う世界に存在している。まりもさんの腕に触っているのは、あたしの手。
あたしは、いつも同じ毎日に飽きていた。毎日を表すなら、こんなかんじ――
昨日




そんなの、もういや。勉強もしたくない。自由になりたい。何かに囚われて生きていくのはもうやめたい。
だからあたし、
「うん、仲間になりたい!よろしくっ」
そう言った。心臓がありえないぐらいばくばくいってたけど。さっきのとは違う震えで、あたしががっちりつかんだままのまりもさんも震わしそうになったけど。けど、言った。
「おう、よろしく!」
麦わら帽子の人はさっきみたくにっこり笑って言ってくれた。その瞬間、あたしの心臓は大きく飛び跳ねた。