novel | ナノ



サボり癖があるんじゃないかとかゆあない
 
両脇を見やって名前はため息をついた。
――全然減らないんだけど、これ。てゆうか増えてる気ぃすらすんだけど思い過ごしだよね?
名前は今、第七師団執務室で書類と格闘している。1ヶ月溜めに溜めた結果だ。
「阿伏兎ぉー」
ぐすんぐすん、と出ない涙を手で拭いながら隣の阿伏兎に話しかける。因みに彼はきちんと毎日書類に目を通しているので、今日の書類は5枚ほど。
「これ全然減らないんだけど。こんなに書類やんなきゃいけないもんなの?」
「お前さんは入団したばっかりだからな、人よりも多いんだろうよ」
しかしまあ、と阿伏兎は隣の机の書類の山に目をやって言う。最初からこんなに溜め込むなんてお前さんも先が思いやられるねえ、どんなに溜めてもやらない団長よりは良いが、と。
「てゆうかそれ!あの人何もやんないからあたしがこんなにたくさんの書類と格闘しなきゃいけなくなるんだよ?補佐ってバリバリサボれるんだと思ったのに!」
むきぃぃ!!!と怒る名前を見て、阿伏兎はこっそりため息をつく。
――またサボり癖のあるやつ抱えこんじまったなァ…
阿伏兎のストレスは増加の予想。


時は、1ヶ月半ほど前に遡る。

「だ、団長!」
第七師団団長、神威の部屋に団員が息急き切って駆け込んできた。
うるさいな、と神威が目を向けると、血だらけの団員の姿。耳をすましてみると、明らかにこの船の中で戦闘の音がする。
「誰?」
神威の問いに団員は答える。
「分かりません!敵は単身でこの船に乗り込み、次々と私達を倒しております。褐色の肌に赤い目の女で、肉体の固さと力の強さから言って地球の人間や夜兎ではない者かと――」
団員は口を閉じた。団長が楽しそうに笑って、目を開いたからだ。
「どこにいるの?」
「こちらです!」
団員は駆け出す。

現場に着くと、そこはひどい有り様だった。団員はことごとく床にのびていて、向かっていく者たちもはね飛ばされている。騒ぎの中心には長身の女がいて、長い手足を使って素手で戦っている。団員の飛ばされた距離といい倒された者の数といい、先程の団員が言ったように、荼吉尼や夜兎、ましてや地球の人間ではないだろう。
女は神威に気付くと、微笑して素早く近付いてきた。
「あんたが一番強い?ヒーローは遅れて登場するもんだもんね」
そう言うやいなや女は神威に蹴りをかましてきた。神威もすぐに応戦する。
ゴッと女の拳が神威の頬にのめりこむ。
――冷たい?
女の肌は冷え性と言うにはあまりにも冷たく、肉の柔らかさがまるでない。
ガァン、と神威が飛ばされる。彼は空中で体制を立て直し、壁を蹴って女の方へ一直線に向かう。
ひととおりやりあった後、女の肘が神威の腹部に当たった。体の中で、ぐにゃりと気色悪い感触。
――あ、やば
胃か何かイったかな、と神威が思うと同時に、女が攻撃の手を止めて言った。
「ちょ、ストップ!今あんた内臓イった!確実に!」
顔を苦くしかめる。
――いや、内臓潰れたの俺なんだけど。あんたのせいなんだけど。なんであんたがそんな顔するんだよ
神威は内心つっこみつつ、「何言ってんの?まだ闘えるよ」と余裕を見せる。
「だめ!あんたがよくてもあたしがよくないの」
女は言うが、それでも神威は闘おうとする姿勢を崩さない。その姿を見かねた女は、神威の後ろに回って一突き、失神させる。
「っと」倒れる神威を支えて担ぐ。
「救護室はどこだー?」
鼻をくんかくんかさせて物凄いスピードで走っていく。その姿を、目を覚ました団員がぼーっと見送った。

女は救護室の前で急停止して中に入り、ベッドにそっと神威を寝かせる。辺りを見回して使えそうなものを次々と手に取って、神威のからだに処置を施す。
「夜兎だから治りは早いだろうけど…」
――やっぱ心配、てゆうか調子乗りすぎたなぁ。後で謝ろ
ひとりごちていると、救護室の扉が開いて男が入ってきた。女を見るやいなや、阿伏兎は片手に持った傘を女に目掛けて降り下ろす。女はそれを何ともなさそうに右手で受け止めて小バカにしたように言った。
「静かにして下さいー、ここ救護室なんですけど。髪の毛同様野蛮すぎて字も読めないの?」
女の言動に阿伏兎は冷や汗を流す。
「オイオイちょっとオッサン傷ついちゃうよ、今の結構本気だったんだけど。てゆうか髪の毛同様野蛮すぎてってどーゆー意味?」
「言葉通りだモッサリ」
フンと女は鼻で笑う。
――うっぜぇぇえ!こいつうぜぇえ!!
阿伏兎はそう思ったが口には出さない。何しろ阿伏兎の身を置く場所は弱肉強食の世界、強いものには逆らわないのが上手く生きていくコツなのだ。

「――あんた名前は?あたしは名前」
しばらくして名前が神威の体をぷにぷにしながら口を開いた。
「阿伏兎だ」
「そう。ここで一番強いのは誰?あんた?こいつ?」
「そいつだよ。生憎姉ちゃんにのされちまったみたいだが」
「のしたんじゃなくて、潰しちゃったんだよね」
先程の強気とは打って変わって、気まずそうに言う。
「…は?」
「だから、潰しちゃったの!胃を!」
こう、肘で打ったらぐにゃってね…と名前は言った。まじかよ、と阿伏兎の顔は若干ひきつる。

「ん…」
妙に色っぽい声が聞こえて、二人は同時に声の方を振り向く。
神威が目を覚ましていた。
「あ!目覚めた?」
良かったぁと付け加えて、続けて名前は謝る。
「さっきはほんとにごめんなさい。なんかあんた強いからこれ本気でもいけんじゃねって調子乗ってたわ」
まじでごめんなさい、と深々と頭を下げる。
「なんでこんなに俺に対する態度と違うの?いくらオッサンでも傷つくよ?ガラスのハートだよ?」と阿伏兎が小声で抗議の声をあげると名前が足を踏みつけた。
「君、あれで本気出してなかったの?」
神威の呆けた声に名前は顔をあげる。
「え?だってあんたの部下一人も殺してないもん。軽い脳震盪ぐらいだもん」
名前の発言に神威は驚いた顔をした。
――あれで本気じゃないだって?じゃあ本気出したらどのくらいなんだい?
神威の顔に喜びの笑みが広がる。
「お前、じゃあこの船に何しに来たんだ」
阿伏兎の問いに名前は思い出したように答えた。
「そうそう、あたしここに入れてほしくて来たんだった!ふつつか者ですけどどうぞよろしくー」
あっはっはと笑う名前に、阿伏兎ははぁぁあ!?と思わず大声をあげた。
「じゃあなんで団員たちとやりあってたんだよ?」
「いやあ夜兎ってどんぐらい強いのかなって」
でもやっぱ肉が柔らかいんだねえと言う。
「肉が柔らかい?」
「うん。だってあんたたち生きてるでしょ」
「お前だって生きてんだろーが」
阿伏兎の至極最もなつっこみに名前はそうだねえと頭をひねる。
「うーん、あたしの体は、なんていうか…死体に近いんだよね!そう!」
「は?死体っておま…」
「あ、言ってなかったっけ?あたし俗に言うバンパイアなんだよね」
「はぁぁあ!?」
阿伏兎、本日最大の絶叫。

「面白いネ、君」
そう言ったのは神威だ。
「うちの団に入りたいんでしょ?だったら俺の補佐官になりなよ」
「いやいやいやいや、団長」
阿伏兎の制止も意味をなさない。
「まじで?やった!よろしくです団長!」
そう言って神威と握手してぶんぶん腕を振る名前。
「まじかよ…」
第七師団にバンパイアが増えました。