novel | ナノ



01
 
朝。いつも通りの朝。
あたしは家の中を慌ただしく駆けずり回って、学校に行く支度をする。そして、黄色いリュックを背負えば完璧。なすび色のだっさい夏服を着た、"平日のあたし"のできあがり。制服のだささを抜かして考えると、特に良いわけでもないし、悪くもない。丁度いい加減、ってワケ。
「いってらっしゃい」
ママの言葉に「んー」と適当に返して、ローファーに足を突っ込んで玄関を開けた。起きてから20分しか経っていないからか、頭はぼーっとしてる。ローファーの爪先を地面とぶつけながら、あたしは階段を3段、降りようとした。
降りようとして―――転んだ。とっさに出た両手は空を切り、あたしの頭は白い門扉の尖った部分に一直線に向かっていく。痛くて大出血になるのを覚悟して、あたしは目をつぶった。痛いって事前にわかってる方が、わかってない時のより痛い。そう思ったけど、最早防ぎようがないのが現状。来るべき痛みに備えて、あたしはおもいっきり眉間にシワを寄せた。
…………。
…………………。
…………………………。
いつまでたっても、覚悟していたような痛みはない。むしろ、奇妙な浮遊感を全身に感じる。風をきって落下しているような。…風をきって?そう、確かに耳もとで風の音がする。
もしかして、本当はもう門扉にぶつけてて、その衝撃で頭が――というか感覚がおかしくなったのかも。不思議に思って、思いきって薄目を開けると―――
「っ!?」
あたしは、空を飛んでいた。いや、"飛んでいる"というのには語弊がある。正しくは、"落ちている"だ。しかも、空を。だって見渡すと青だし!白い雲もあるし!つまり、あたし、落下中。
「うっそ、いやまじでうそうそうそ」
わたわたと手足を動かすけど、どうにもならない。そりゃそうだ、ぶらさがってるんじゃなくて落ちてるんだから。
そういえばあたし、どこに向かって落ちてるんだろ。下を見ると、そこには海があった。
「え…、あたし死ぬじゃん」
下に広がる海は、今あたしの回りに広がる空の青より深い。たぶんこの勢いで落ちたら死ぬ。もし運よく船の上とかに落ちてもそのまま突き抜けそう。随分短い人生だったなぁ。苦しくない死に方がいい。痛いのもやだけど。

落下中だっていうのにぼーっとしてるあたしは、そろそろ着地するってことに気付かなかった。
ごんっ。
頭蓋骨に響いた重い音が消えるのと一緒に、あたしの意識も消え去った。