novel | ナノ



ああまた言い逃げか
 
「ウルキオラー」
気だるげな声が俺を呼ぶ。
「ねえ、ねえってば、ちょっとこっち向いてー?」
人に洗い物をさせておいてよく言うな、そう思ったが何も言わず、両手を泡にまみれさせたまま振り返った。
彼女は雑誌を見ているところで、振り返った俺と雑誌を見比べている。
「なんだ?」
「んーん、やっぱりウルキオラが1番かっこいいなって確認しただけ」
あははっと笑って、彼女は寝転んでいたカーペットから立ち上がってリビングから出ていく。
彼女の体を引き留めたかったけれど、生憎両手が泡でふさがっていた。

「…またか」
また、言い逃げか。
俺の好きなあの表情で笑って、さらりと何でもないことのように、ありふれたどこにでもあるような口説き文句を言い放つ。付き合う前からそうだった。
からかっているのか本気なのかは、未だに分からない。分からなくてもいいかなと思う。
それに、自分が無表情で何を思い感じているのか分かりにくいのもあるんだろうと思う。彼女には嬉しいとも幸せだとも、そういった表情を向けたことがない気がする。悲しさも、怒りも、きっと。
だから逆に、彼女には助けられていると思う。さらりと投げ落とす口説き文句は、俺に驚きをもたらす。一瞬まばたきを忘れて脈も止まって時間が止まるぐらいの驚きを。それから、好きという感情も幸せだという感情も、愛しいという感情も。彼女がいなければきっと、俺の世界は何の感情もなかっただろう。全て失われていただろう。


そんな大切な彼女が、ある日突然いなくなった。俺の生きる、この世界から。
『かわいそうに――飲酒運転だったんですって』
『それもものすごいスピードで』
『でも即死だったって、よかったかもしれないわね』
『まっ、不謹慎ですよ、奥さん』
彼女は、買い物から帰ってくる時に、車に轢かれた。即死だった。呆気なく死んだ。

まだ、彼女の声が耳に残っている。
――ウルキオラの目って綺麗よね、春に美しく萌える若葉みたい
――なんで?あたしはウルキオラのこと大好きなのに!来世に行っても変わんないんじゃないかってくらい
――ごめんねって、ウルキオラにだけは言えないの。好きすぎてなんだか言葉がつまっちゃう。言わなきゃって思うのに。
――だって、ウルキオラがいるからあたしがここにいるって思えるんだよ?好きだなって思うからここに居るんだってね?だから、ウルキオラはあたしのそばにいてよ
そして、昨日言った言葉。
――結婚?したいよ、ウルキオラと!小さい頃からの夢なの、大好きな人と結婚するって。
朝はね、いってらっしゃいのキスをして、離れてる間は会いたいなって思って、帰ってきたらお帰りなさいのキス。それで二人で一緒にご飯食べるんだ!子供はねえ…

生暖かい水が目からこぼれ、頬を伝った。
これが、涙か。悲しみか。失ったときの、愛おしさか。
最期まで、俺の世界に感情を付け加えていくんだな。

――あたしのこと一瞬でも忘れないで
忘れる訳ないだろう、馬鹿だな。顔を歪める。

まだどこかにいるような気がして、天を仰いで探す素振りを見せる。
――大好き、大好き、愛してる、あいらぶゆー、言葉じゃ言い表せないくらい好き、愛してる!
目を閉じれば、そう言って背を見せる彼女が浮かぶ。


ああ、ずるいな、また言い逃げか。

---Thank You!---
お題はguilty様より