novel | ナノ



どっちつかず
 
久しぶりに二人きりになって、私たちは向かい合って座っている。二人とも違う本を読んでて、傍から見れば倦怠期真っ盛りの二人に見えるだろう。
私はふと、本を閉じて彼に言う。
「私たちの体に空いた穴って、自分に何かが欠けていると主張しているんでしょう」
「…」
「なら、何故全ての人に穴が開かないのかしら」
「…」
何を話しかけても、無言。私はそれを時には肯定と受け取るし、時には思考中、もしくは無視をされたのだと受け取る。つまりは、私の都合のいいように。そして今本に目を落としている彼は、思考中。そりゃあそうよ、答えはなかなか見つからないもの。
「分類するためだ」
意外に早く答えが返ってきたものだから、私は目を瞬かせた。
そんなことを気にする様子もなく、彼は本に目を落としたまま言う。
「全ての人に最初から穴が空いていたら、虚なのか死神なのか、はたまた只の魂魄なのか、見分けがつかないだろう」
相槌は打てなかった。ああ、そういえば彼はこういう人なのだと思い出すまで、私の脳は彼の言葉を理解しなかった。呆然としたわけでも、唖然としたわけでもない。ではなんだったのかと問われて答えることは出来ないけれど、多分、彼の言葉は私の質問にはあまりに早すぎたのだろう。
「ふうん」
私の返事は、結局これに落ち着いた。
「自分で聞いたくせに随分と素っ気無いな」
「ええ、まあ、そうかもしれない。でも、答えた返事と私の頭の中の出来事は、必ずしも同じとは限らないわ」
「そうか」
彼はそう言って、本の文字を追い続ける。

「ねえ」
「…なんだ」
彼は疲れたように言う。
「あなたは、目に見えるものしか信じないと言う。けれど、耳で聞いたらどうなの。それは、信じられるという結論に導くのかしら」
彼はパタンと本を閉じて、机の上に乗せた。青緑色の目が私を捉える。
「言葉とは不安定なものだ。今お前がここで俺になんと約束しようと、未来でそれが守られる確証はない」
「そう」
そう言って、私は座っていたソファから立ち上がる。彼のほうへ、机を迂回して向かってゆく。その間、私は一度も彼から目を離さなかった。彼の目も私の動きを追い続けた。
「じゃあ、私が何度あなたに好きよと言ってもそれを信じてはくれないのね」
私は彼の目の前に立った。そうして、彼の膝の上に、彼と向き合って座る。鼻と鼻が今にもくっつきそうな距離。
「そういうことになるな」
彼の目はあくまでも冷静で、私の目に映っているだろう、今にも眼球が飛び出しそうな情熱とは正反対の方向にある。けれど、霊圧は押さえきれていない。不規則に揺れて、今にも爆発しそうだった。
「ええ、それは理解したわ。でも、実は、私はそれはもうどうでもいいの。何故だか分かる?」
私は、彼のボーンチャイナのように滑らかで真っ白な肌に手をすべらせた。ぐらり、と彼の霊圧が揺らぐのが分かる。
「目を閉じるな」
私の質問には答えずに、彼は忠告だけ囁いた。
いきなり、私の唇に彼の唇が押し付けられる。目は閉じずに、私の目を見つめたままで。私は彼の唇をこじ開けて、舌を入れた。私の舌は彼の舌に絡めとられて、私たちの唇と唇の隙間はなくなった。それを知って、私の体は本能的に鼻から息を吸う。その息を肺にためてためて、その間も彼の目は私の目を開かせる。十分か二十分か経ったような、とにかく私には酸素かないせいで長く感じられたのだけれど、唇が触れ合ってからほとんど微動だにしなかったキスが終わった。
「ねえ、あなたっていつもそう」
「…」
「なんでキスをするとき動かないの」
「必要がない」
「あるわよ」
私は彼の唇に口付けた。今度は、彼の目には視線を合わせない。でもきっと彼は目を開いたまま。
私は何度も何度も重ねるようにキスをした。唇を少しかんで、そして離れようとしたとき、後ろから手が私の後頭部を押さえつけた。そうやって私たちはまた酸欠になるキスをする。
「焦らされているからだ」
唇を離したとき、彼はそう言った。
「触れては離れることを繰り返すのは不快だ。ずっと触れていればそれだけ長くお前を感じる」
不快、と言われて私は唇を尖らせた。そうは言っても、私は息が続かないのだから、と。とがらせた唇に彼はもう一度キスをする。
「分からなくていい」
私は眉をひそめた。
「俺を分かるのは俺しかいないのだから」
その言葉に、私は悲しさを覚えた。今、すぐ前まではキスをしていたのに、彼は心ががらりと変わったような声を発するのだ。私のわき腹に空いた穴がきりきりと傷んだ。