novel | ナノ



過去形にしたのは
 
あたしはサイゼの窓から彼の後姿を目で追った。今なら追いつける距離。だけど、それはもうしない。今回の別れ話は冗談じゃなく本気だって二人とも分かってるから。これは乗り越えられる壁じゃないって分かったから。あたしは、真子の置いていったお金を見やって、驚愕に目を見開いた。無造作に一万円札が置いてあった。二人ともドリンクバーしか頼んでないのに。どこまであたしの心をえぐるんだろう、彼は。別れ話の後には一万円でした、なんて。それもこれも、あたしの甘えなのだけれど。そして、そういいう真子を好きになったのはあたしなのだけれど。一人自嘲的に笑うと、涙が頬をつたった。…涙って、こんな甘かったっけ?
それから、頭の中で真子の言ったことを反芻する。まあ、「ええよ」しか言われてないんだけど。でも、あの薄い唇の発した一言はあたしたちの関係をきっぱりと終わりにした。こうなることを覚悟していたはずなのに、あたしの胸は誰かに握りつぶされてるみたいに痛い。誰なの、あたしをそっとしておいて。あたしののどの下には熱い涙の塊がある。カルピスをがぶ飲みしても消えない。どうして、こんなに苦しいの。付き合ってたときもつらかったし苦しかった。だけど、そんなの今の苦しみの比じゃない。別れれば、苦しくなくなるだろうと思ったのに。

あ、とあたしは閃く。なんでかって、付き合ってるときの苦しみはお互い様だったから。あたしが真子に黙って男の人と遊びに行ったときも、真子があたしとの約束忘れて日曜当番入れたときも、二人して微妙な浮気をしたときも。全部全部二人で半分こしてた。でも今は違う。あたしたちはもう別々で、だからいつもとなりにいた人がいない悲しさを一人で背負わなくちゃいけないんだ。だからこんなに、苦しいんだ。気づいた途端、涙がぼろぼろ出てきて止まらなくなった。イスの上に足を乗せて、膝と膝の間に顔をうずめた。窓から見ても、もう真子は見えないから。見ていても仕方ないでしょう。真子、真子とつぶやく。いまさら、声に出したところで彼が帰ってきてくれる訳でもなく。だけど、彼が恋しい。別れを切り出したのはあたしなのに。失くしてからやっと気づくなんて。ばっかじゃないの、あたし…。


しばらくして、あたしは真子にメールを送った。本当は、直接顔を合わせたほうが良かったのかもしれないけど、そしたら決心が鈍りそうだから。
あたしはしばらく休暇をとって外国に行くことにした。逃げてるだけかもしれないけど、気分転換として。このまま日本に閉じこもってるよりはいいかなって思ったから。そうやって、彼の思い出を安心して見れる日まで、心にはばんそうこうを貼っておくつもり。だから、またいつか会いたいと思ってる。それまで、少しの間はさよなら。ごめんなさい、情けないあたしで。

「ありがとう、大好きでした」



---Thank you!---
あたし多分、当分は切ないのしか書けないなあ。charaにはまってるから。chara聞いてると切ないのばっか思い浮かぶんだもん。