novel | ナノ



どうしたらいいのでしょうか
 
瀞霊廷に、真子達が帰ることになった。嬉しいことだと、思う。せっかく誤解が解けたんだし。だから、あたしも準備を手伝おうと思って。準備、ってゆうか、あたしができることを。
あたしにできることは限られてるけど、あたしには特技がひとつある。それは、髪を切るのが(人並みには)うまいこと。だから、瀞霊廷に帰る三人の髪を整えることにした。
まずはロージィ。ロージィのは切りがいありそうで楽しみ。
「ロージィ!髪整えたげるからちょっとこっち来て!」
いつも髪切る時のセットを広げて、準備は万端。
「髪切るって…ここで切るの?」
「はぁ?じゃあ他にどこで切んの?てゆうかあたしが切ったげるってんだからあんたは素直にしてりゃあいーの!」
「別に切って欲しいなんて言ってないんだけど」
「あ゛?」
「や、なんでもない」
「じゃあさっさと座って」
ロージィを強制的に座らせ、ハサミで切ってく。下に敷いた新聞紙に、金色の髪が落ちてく。
ロージィの髪の金色も好きだけど、やっぱ真子の髪のが好きだなあ。あたしの髪質、ロージィのに似てるから、真子のみたいな髪はめっちゃ羨ましい。
「はい、終わったよ」
「ん、ありがと」
「いーえ。
…いってらっしゃい」
首んとこから巻きつけてた布をとって、鏡に向かって言う。
「今日行く訳じゃないよ」
ロージィは微笑みながら言った。

次は拳西。
「拳西!髪整えるからこっち来て!」
「おう」
はっきり言って、拳西の髪はいじりがいがないから結構どうでもいい。ちょちょっと切って終わりにしよ。
あー、坊主でもいいかなーとか考えてたら、「坊主とかにすんなよ」って言われた。ちっ。
「おしまいっ」
襟足をちょっと切って、色々ちょびっとづつ切って終わり。あーつまんねーの。
「おう、もう終わりか?」
「そーだよ。拳西はもとが短いからねー」
「なんかつまんねーな」
「あ、やっぱ?坊主いっとく?」
「や、いい」
「ちっ」
「舌打ちすんじゃねぇ」
…なんか、こういう会話も今日で終わりなんだなーって思う。一生会えない訳じゃないけど。隊長だから忙しくなる。寂しくないと言えば、嘘になる。百年余りも一緒に過ごした仲間だから。
「いってらっしゃい」
「…おう」
また帰ってくるからよ、と言って、拳西はあたしの肩をぽんって叩いて向こうに行った。

最後は、真子。
「真子、髪切るからこっち来い!」
「なんや俺だけ呼ばれ方きつうない?」
「あーその分愛詰まってるから」
「素ン晴らしい棒読みやな」
「うっさい」
真子は他の二人とは違うとこに座らした。前髪切るとき、真子の前に回り込まなきゃいけないから、あたしの背中に鏡はいらない。
「ね、真子は前髪だけ切るんでいい?」
「ええけど…なんでや」
あたしは真子の目の前にまわって、彼の髪に指を滑り込ませた。
「真子、また五番隊長なんでしょ?あたし、隊長羽織着た真子の髪短いの想像できない」
「んなこと言われてもなあ…」
「もっかい伸ばしなよ。あたし真子の髪長いのめっちゃ好きだよ」
あたしが言うと、真子は鼻の下伸ばしてにやにや笑った。きも。
「そら名前にそんなん言われたらなァ」
伸ばすしかないで、とへらへら笑った。
「じゃ、切るよ」
「ん」
櫛を入れて、ハサミを持つ。深呼吸をして、切ろうとする。
んあー?なんか、むずむずする。鼻の奥がなんか、ひんひんしてるってゆうか、ふにゃんってゆうか、これって、
「ひ、ひ、」
「ちょ、もしかしてお前―――」
「っひっくしぃっっ」

くしゃみした。そんなでっかくない。鼻水も飛んでないし。よかったよかった。
「お、ま、」
「ん?唾飛んだ?ごめん」
なんか真子が焦ってる。そんなでかいくしゃみだったかな?まあいつものよりかちょっとおっきかったけど、そんなんじゃないはず。
「違、見てみィこの前髪!」
言われて初めて気付いた。
「…あ」
どうやらくしゃみの勢いで、前髪を、じょきん、とこう―――切ってしまったらしい。
「やっば」
完全に、斜めの前髪になってる。斜めの、ギザギザの前髪。怒ってる、かな?怒ってるよね。あたしだったら怒るもん。がんばろって気合入れたはずの深呼吸がまさか逆効果とかほんともうあたしのばか。
「ごめん、ほんとごめん」
必死に謝りながら、真子の顔を覗き込む。いつもへらへらしてる真子が、無表情になってる。真子って外見にすごい気い遣う人だから。ああもう、ほんとどうしよう。
「ごめんてば、めっちゃごめん。
ねえ、あたし前髪斜めなのも良いと思うの、整えたらかっこよくなると思う」
そう言って、あたしは前髪を斜めに切り揃えてく。真子はなにも言わない。しゃき、しゃきと髪を切る音が二人の間に響いた。

「…顔」
「なに?」
「顔近いわ、アホ」
「しょうがないじゃん、前髪切ってんだから」
もう、怒ってはない。責めてもいない。水に流してくれた。だから、ありがとうは言わない。
確かに顔が近いとは思う。あたし立て膝だし、慎重に切ってるから。今まで気にしないようにしてたけど、真子に言われて一気に手元がぶれそうになる。
「ば、か、」
「なにがやねん」
「そんなん言われたら、ちゃんと切れないよ」
「…ええよ」
「なん、で」
びっくりした。真子はおしゃれに気を遣うから、前髪がギザギザなんて許せないだろうと思ってた。
「変なふうになってた方が、瀞霊廷帰ってからみんなに聞かれるやろ。誰に切ってもろたんやって。したら、名前に切ってもろたて言えるやろ」
「そう、ね」
「京楽はんにも、浮竹はんにも、みんなに自慢できるやん。
やから、名前はそのまんまで――すぐへまするようなやつでええねん」
「うん」
「名前はそれやから、ええ女なんで」
「うん」
ありがと。あたしを、いい女だなんて言ってくれて。ちゃんと、誉めてくれて。

「終わったよ」
あたしは鏡を手渡す。
「失敗したくせにうまくごまかされてるやん」
「ありがと」
自分でもなかなかうまくいったと思う。あんな悲惨だったのが、今ではかっこよくなってるし。うん、似合う。失敗して逆によかったかも。
がらん、と鏡が放られた。その音があたしの鼓膜を掴むと同時に、抱き締められる。
「名前」
「うん」
「おおきにな」
「うん」
なんか、お別れみたいじゃん。そんな寂しそうな声しないでよ。
「あたしさ」
「あァ」
「帰って欲しくないのと、真子たちが十三隊のみんなと和解できて嬉しいのと。ごっちゃになってさ。とりあえず、このまま真子を離したくないてのはあるんだけど、どうしようね」
途中から鼻声になる。
「泣くなや」
「泣いてないよばか」
「泣いてるやろ」
「うん」
真子はあたしにキスをした。あたしは真子の髪に指を絡ませて、真子はあたしの頭をしっかり引き寄せて。吸い付くような、噛みつくような。二人の唇は熱っぽく重なって、舌を交える。舌のピアスがあたしの舌にあたる。舌を少し噛んでくっと寄せれば、あたしの体内には酸素を取り込む場所がなくなった。くらくらするけど、離したくない。
「今日はえらい切羽詰まってんなァ」
唇を離してから、真子はにやりと笑いながら言った。
「真子が、でしょ」
「ちゃうわ」
彼は、もう一度あたしをだきしめた。あたしは肩に顔を埋める。
「また、すぐ帰ってくんねんで」
「ほんとに?」
「当たり前や。したらそん時は、今度は俺ん下で働けや」
「五番隊で?あたし、席官じゃないとヤだ」
「わがまま言うなや」
「席官じゃないと、真子のこと見張れないでしょ。真子かわいい子見つけたらほいほい声かけるから」
「妬いてるんか」
「いいでしょ、別に」
「…あァ」
かわいくてええんちゃう、と言った真子の声は、少し曇っていた。
「真子」
「なんや」
「浮気、しないでね」
「当たり前や」
「ちゃんと、迎えに来てね」
「俺、嘘はつかんで」
「あたしのこと、忘れないでね」
「むしろどないしたら忘れられるんか教えてほしいわ」
「真子」
「あァ」
「愛してる」
「知っとる」
「真子は」
「知っとるやろ、お前より愛しとるわ」
「うん、知ってる」
知ってる、とあたしはもう一度呟いた。
どれだけ愛を叫ぼうと、叫ばれようと、不安なのはずっと変わらない。信じなきゃって思うんだけど。やっぱ、不安でしょうがない。
明日瀞霊廷に帰って、隊員に挨拶して。どれだけの女の子が一目惚れするだろう。明後日、執務室で仕事をして。どれだけの女の子が真子のことを好きになるだろう。明明後日、真子はどれだけの好気の目に晒されるんだろう。次の日も、その次の日も、真子とあたしは一緒にいられない。

「さみし」
「俺もや」
次から次と溢れる涙は、彼のシャツの肩にしみを広げる。
涙は、止まることを知らなかった。体中の水分がなくなるかもと、本気で思った。