novel | ナノ



01
 
隊長の、お墓の前。あたしは呆然と立っていた。
「苗字副隊長…?」
「…うん」
「あの、」
「うん」
「――何でもありません、申し訳ございません」
「うん」
何でもないんかい、とか、今のあたしには言い返せない。

隊長。隊長なら、三席を庇って負傷しなくとも、あの虚の攻撃を止められたはずです。なんで、止めなかったんですか。隊長、あなたがちょっと恨めしいです。三席は、あなたのせいで自責の念に押し潰されそうです。他の隊員も、隊長がいないと浮かない顔ばっかしてます。あたしは、隊長以外の隊長なんてヤです。
隊長、あなたの最期の言葉、続きは何だったんでしょうか。守りたかったのは、隊員の命ですか。心、ではないでしょうね。だったらあんな死に方意地でもしなかったはずですもん。知ってますか。庇う方より、庇われる方が辛いんです。庇って、その人じゃなく自分が死んだら、それは本望でしょう。だけど、庇われた方は。生き残ってしまった者は、ずっと深い自責の傷と戦ってかなきゃいけない。今隣にいる三席がいい例です。彼は今にも押し潰されそうで、見ているこっちが辛い。
ねえ、隊長。ほんとに、なんで逝ってしまわれたのですか―――。


執務室は、寂しかった。
今あたしは十番隊隊長権限代行してるけど、席はいつもどおり副隊長の席で仕事をこなしている。お茶を淹れるのも一人分。お菓子を出すのも一人分。全部全部、あたしの分だけ用意してある。隊長は、もういない。

「…ひより」
「なんや、気づいとったんかい」
「霊圧、消しきれてないのが悪いでしょ」
扉の向こうに揺れていた霊圧は、間違いなくひよ里のものだった。手に書類を持ってないところからするに、あたしに用があるんだろう。
「怪我、もう治ったん?」
怪我、とは、あの日――隊長がお亡くなりになられた日に負った怪我だ。
「うん。あたしは運がよくて、内臓をかすりもしなかったから」
致命傷を負ったのは、隊長だけ。今日何度目かのため息をついた。次の瞬間に、自分の中の嫌あな空気が倍になって帰ってくる。
「名前、」
「なあに」
「この饅頭やる」
「ひよ里がお菓子くれるなんて、珍し」
「うっさいわハゲ」
知ってるよ、ひよ里の優しさだなんて。けど、素直に受け取れないのがあたしだから、ごめん。
「ハゲてないってば。そんな毎日ハゲハゲ言ってたらひよ里が禿げちゃうよ」
「うちはハゲんわ」
「その自信どっからくんの」
「知らん。ほんまのことなんやからええやろ」
「…そこ、座って」
「なんや、いきなり」
「お茶飲も」
ちょっと息抜きしよ、と加えて饅頭の包みをぽんぽんとたたけば、ひよ里の顔がぱあと明るくなる。そんな好きな饅頭なら別によかったのに。
こぽぽと二人分お茶を注いだ。随分久しぶりかもしれない。執務室には最近あたし一人しかいないから。言い方を変えれば、あたしはずっと引きこもってたってこと。まあ、たまに虚関係で流魂街には行くけど。は、と自嘲のため息が洩れる。…ばっかじゃないの、あたし。
「ああ、そういやシンジがなァ――」
がたたんっ、
「ッあつっ」
やばっ、手がぶれてお茶こぼしちゃった。てゆうかひよ里絶対狙ったでしょ、今。
「…分かりやすすぎや」
「なにが?」
「うちが気づいとらんて本気で思うてんの?みんな知ってるで、名前がシンジのこと」
「ちょ、ひよ里黙って」
後ろでひよ里がにやにやしてるのが伝わってくる。にやにやすな。
急須に蓋をして、中の湯をゆっくり回した。
「で、真子がどうかしたの」
「ああ、心配しとったで。最近名前の顔見てないーゆうて」
…あっぶねー、急須のお茶零すとこだった。真子が心配してるなんてそんな訳ないでしょ。そんな関わり無い――まあ、一緒に呑みに行ったりするけど。でも、
「いやいやいや」
「何てんぱっとんねん」
ひよ里が呆れた口調で言う。
「だって、いやね、あれだよあれ」
「なんやねん」
あたしはひよ里の言葉に返事をしないで、いまだに震えてる手で黙ってお茶を注いだ。
「はい、お待たせ」
「ん」
ことんとお茶を置くと、ひよ里は湯飲みを持ちながらちらちらと饅頭に目を走らせる。かわいい。
「何にやけとんねん、気持ち悪。あのハゲといっしょやで」
「どのハゲ?ひよ里みんなにハゲハゲ言ってるじゃん」
饅頭の包みを開けながら言うと、はぁ?ばっかじゃないの、みたいな目で見られた。
「シンジやシンジ。あいつ以外に気持ち悪くにやけとるハゲいーひんわ」
「ふうん」
「ふぁん?ふぃんふぃんほほふふふぁんふふふんふーふんふ?」
「饅頭飲み込んでからにしてくれる?」
余程好きなのか、饅頭を差し出すと、ばくばく食べ始めた。あたしも食べよ。
「いただきまーす」
「んー」
「ん、うま」
めっちゃ美味しい。どこのだろ?後で聞いてめもっとこ。
「やろ?うちこの饅頭めっちゃ好きなんねん」
「うん、美味しい。どこの?」
「教えたらん」
「なんでよ!?」
「教えたら名前買い占めてうち買えんくなるやろ」
「買占めねーよ」
ひよ里はふふんと笑ってまた饅頭に手を伸ばした。んー、それあたしにくれたんだよね?別にいいんだけど。
「あ、こうしたる。後でシンジに教えとくから知りたかったら聞き行けや」
「なんでそーなる?」
「うちらはなァ、早いとこあのハゲと名前くっついて欲しいんや」
「なんで…って、うちら?」
「うちとリサと白とラブとローズと…まぁいつも呑み行く奴らやな。さっき言ったやん、みんな気づいてんねん」
「うっそまじで?」
ひよ里とかリサとかは気づいてるだろうなって思ってたけど、ニブそうな白とか拳西とかも分かってるってやばくね?
「じゃあ真子は、」
「ああ、あいつはアホやからなー」
まじかー。まあ確かに一番ニブそうだけど。なーんであたしあんなん好きになっちゃったんだろ。
「まあとにかく、や。早う気持ち言った方がええんちゃう?あのハゲ意外にもてるねん」
全く見る目がない奴らばっかやで、とひよ里は続けた。
たしかに、真子はめっちゃもてる。あたしを不安にさせるには充分すぎるほどには。
「そう、」
そうね、と言おうとした。けど、気付く。今のあたしはそんなことしてる場合じゃない。隊長が亡くなってから何週と経っていないのに、自分のことにかかりっきりになっててはいけない。隊員の面倒を見て、執務もやって、虚のことも対処して。"隊長"のやることはたくさんある。
「ううん、だめ。あたしはやることいっぱいあるし。一段落ついたら――」
ばんっ。
ひよ里が、机に手をついてあたしの胸倉を掴んだ。
「アホかっ!名前はな、アレがあるから〜とかこれがあるから〜とか理由つけて自分の好きな気持ちと向き合わなすぎや!そんなモタモタしとったらその辺のメスゴリラにでも取られてまうで!好きなら好きでモタクサせんと早よ言って来んかい!
それにな、あんたんとこの隊長が死んだんはあんたらの誰の責任でもないねん。それをうじうじうじうじず〜〜〜〜っっっっっっと悩みやがって、ハゲとちゃうか!?」


びっくりした。ひよ里てそんな正論みたいなこと言えるんだなあって。
でもそれより、嬉しかった。あたしのこと考えててくれて。あたしのこと、思っててくれてんだなあって思う。ほんと、ありがと。
「ひよ里」
「あん?」
「ありがと」
ひよ里はびっくりしたみたいに目をまんまるにして、あたしの胸倉を放した。それから、フンと鼻を鳴らしてだんだんだんだんと足音を立てて部屋を出てこうとする。と、何か思い出したように足を止める。
「今日、いつもんとこにみんなで呑み行くから来い」
ひよ里は障子に手をかけてあたしを睨みながら言い放った。
すっぱあんっと障子が閉められて、足音は遠ざかっていった。