novel | ナノ



プロローグ
 
ありがとう、と一言だけ言いたかった。もう、叶わないのだけど。あたしをあなたの券で殺してくれて、あたしは嬉しいよと伝えたい。

さようなら、とも言いたかったかもしれない。あたしの大好きな人たちに。あたしの仲間であり、家族同然の彼らに。もう二度と会えはしないから。


彼は胸からどくどくと血を流しているあたしを抱き支えながら、あたしの目を見つめた。あたしは目をそらさなかった。普段はどうなってるんだか分からないその目は、今はあたしを見つめている。空色の瞳は、少し寂しそうにゆれていた。その瞳に、吸い込まれそうになる。あたしはふと、このまま彼に吸収されて二人でずっと一緒に居るのもいいと思った。
腕を持ち上げ、彼にさわろうとした。だけど、もうあたしの腕は持ちあがらない。目の前が霞がかって、もう死ぬんだと分かった。抱きしめてほしい、あたしの名前を呼んでほしい、笑ってほしい。全部全部いっしょくたになって、あたしの目尻から涙かこぼれた。彼はつらそうな顔をした。やめて。これはあたしが選んだことで、あなたは悪くないの。あたしは微笑んだ。あなたは悪くないよと。あたしを許さなくていい、そのかわり自分を責めないで。
目の前が、もう本当に見えなくなってきている。頭も重い。ぱた、とあたしに頬に何かが落ちた。雨だろうか。
「かんにんな」
彼が言った。彼の声はぐずっていた。さっきの雨は彼の涙だった。彼はあたしを抱きしめた。あたしも抱きしめたかったけど、できなかった。あやまらないでと、泣かないでと言いたかったのだけれど。
「また、逢お」
うん、と言いたい。あたしも同じ気持ちよと。
「名前」
耳元で名前を囁かれて、あたしは満たされた。

あなたの腕に抱かれて死ねるのは、どうしようもなく嬉しいの、ありがとう。あたしは彼に微笑を残した。