見回りに会議に交流にと忙しなく動き回る女性、なまえ。異界の英雄を召喚することのできる彼女に喚ばれて、僕はここに来た。
初期の頃は人の少なかった広間も、今や様々な世界の英雄達で賑わいを見せ、忙しいながらにも皆に好かれている#なまえ#はいつも誰かしらに囲まれていた。それは彼女の半身であるアルフォンスだったり、妹王女のシャロンだったり、僕の世界の英雄や僕自身の半身であるクロムも例外ではなかった。ただ、その中の誰よりも身近に居る存在としては恐らく僕だという確証がある。同じく戦術を立てる者として、そして単純に喚ばれた時期で見てもだ。出会った時期でならアルフォンスには敵わないけれど、それらを合わせればなまえに一番近い存在は僕だった。
戦術は勿論ながら、この国のことや僕のいた世界、なまえのいた世界など、他愛ない話も多くする。書物についての知識交換をしたり、共に戦略を練ったり、そうすれば当然ながら一緒に過ごす時間も比例して多くなっていき、アルフォンスには悪いけれど彼女の半身の位置を奪いつつあった。
そんな僕だから、察することができたのかもしれない。いつも皆を励まし元気づける笑顔を振り撒くなまえが、心の内では何を考えていたのか。

「そういえば、なまえのいた世界には鉄で骨組みを作った建物が沢山建っているんだよね?」

それは、休憩中のことだった。相変わらずあちこちへと動き回っているなまえに水を持っていき、隣に腰を下ろして雑談をしていた。
鉄の骨組みでできた建物、ビルと言っただろうか。以前彼女と話していた内容を思い出す。なまえの世界の話は僕からしてみれば想像もできないようなことばかりで、とても好奇心と知識欲が疼いた。馬ではなく鉄でできた機械に乗って移動したり、この城と同じくらい、いや、それ以上に大きな建物が建っているなど、話を聞くだけでも驚きというものだ。
その感想を素直に伝えたとき、彼女は「それなら、私だって沢山びっくりしてるよ。ペガサスなんて私の世界では想像上の生き物だし、魔法だって使えないよ。なんなら剣とか槍の実物を見たのだって初めてだったし」と、苦笑を零しながら言った。争いは無かったのか、と聞けば「こういう大きな戦争には専ら銃や爆弾が使われてるから……。そもそも私の住んでた国ではこんな争いすら起きていなかったから」と答えた。髄分平和なところだったんだね、と言えば「そうかもねぇ」と曖昧に笑った。

「鉄をそこまで高度に、しかも量産的に加工できる技術は是非知りたいな。もしかすると新しい戦略に応用できるかもしれないし」

「うーん……、私もどうやるのかはよくわからないんだよね。しがない一般人だったからそういう専門技術には疎かったし」

「それは残念。……ところで、なまえは自分のことを一般人だっていつも言うけど、向こうではどんなことをしていたの?」

鉄の加工は諦め、次の話題をいくつか浮かべたところでふと引っ掛かった。僕はなまえの世界については色々と聞いたけれどなまえ自身についてはほとんど聞いていなかった。
どんな職業に就いて、どんな生活をして、どんな風に育ったのか、こんなに何度も会話をしていたのに、僕は何一つと言ってもいいほど知らなかったことを自覚する。ある程度ならば繰り広げてきた会話の節々から察することもできるが、それも限度というものがある。なまえは突然ここに召喚されたと言っていた、では喚ばれる前の彼女はどういった存在だったのだろう?純粋に、なまえのことが知りたくなった。

「んーとね、別に大したことはしてないよ。学校に行って、勉強して、普通に親と暮らしての全然変わったこともない生活だよ。……学校帰りに友達と寄り道したり、一緒に遊んだり、ふざけあったりとか、……ほんとに、普通の生活だったなぁ」

そう遠くを見る彼女には、既視感があった。彼女は度々、こういう思いを馳せているような心ここに在らずといったような表情を見せることがある。
以前に戦争の話になって、僕の言葉に「そうかもねぇ」と答えたあの時も同様の雰囲気を纏って、僕を透かした先のなにかを見ていた。
彼方を見つめる瞳には期待と諦めが滲み、薄く吊り上がる口元には寂しさが姿を現す。本当に些細な、人を見る目が一際抜きん出ている僕だからこそ気付けた変化。
元の世界への懐かしさを声に織り交ぜながら語るなまえは、戦場で指示を出すあの勇ましい姿でも朗らかな笑顔を見せる明るい姿とも、どれとも違うただ、なまえという存在になっていた。召喚士や大英雄なんかじゃない、一人の普通の女の子だった。
いやに僕の脳裏へと焼き付いたその顏は、休憩が終わってなまえと別れた後も僕の頭から離れることはなかった。




*




なまえは僕たちのような英雄とも違う、完全に別の世界の人間だ。突然連れてこられたと言っていたが、その割にはやけに順応していたように思える。でも、彼女は本当は何を思っているのだろうか。元の世界に還りたいと、諦めながらもそう思っているんじゃないか。
彼女は普通の女の子だった。争いとは無縁の、家族も友人もいる幸せな普通の女の子だった。そんな子がいきなり別の世界へと来て、果たして素直に本心から受け入れられたのだろうか。
いつも見せている笑顔の裏に、一体どれだけの感情を押し込めているのだろう、僕はそれに今までも、今でさえもきちんと気がついてあげることができなかった。
そんなことを延々と考えていれば目が冴えてしまい、もう夜更けだと言うのに働き始めた脳が休むことを拒否した。何時間経っても消えないなまえの儚げな表情に一つ溜め息をついて寝台から身を起こす。そして、気分転換に外の空気を吸おうとローブを羽織って兵舎を出た。

「ふぅ……、思っていたよりも無力だな、僕は」

そよそよと吹くひんやりとした夜風が僕の髪を揺らした。月明かりにだけ照らされて静まった夜は、その包み込むような穏やかさを以て僕の心を落ち着ける。軍師ともあろう者がいつまでも一つのことに囚われていてはいけない、早く切り替えなくては。
それでも尚考えようとしてしまう自分自身に自嘲を浮かべたとき、なにか物音が聞こえた。微かな音だったが、自分のように夜更かしをしている者がいるのだろうか、それとも敵襲か。即座に戦闘態勢に切り替えると、警戒しながら音の方へと向かう。念の為に持ってきた魔導書を構え、草を踏む音すら最小限に抑えて茂みからそっと覗くと、僕の視界には見慣れた人物が映った。

「……なまえ?」

僕の声に反応したなまえが、びくんと肩を跳ねさせながらゆっくりと振り向く。月明かりが守るように照らしたその立ち姿に、なにか声をかけようとした僕の口は閉ざされた。
頬を流れる大粒の涙、引き結んだ唇、下がった眉、あまりにも弱々しい女の子がそこにいた。沈黙が降りる僕となまえの間を風が駆け抜ける。なまえの髪が揺れて、慰めるように風が涙を拐った。光にきらきらと水滴が反射して、それがあまりにも綺麗で儚くて、意識せず僕は彼女に歩み寄っていた。
僕を見上げた彼女は、なにも語らない。ただひたすらにぽろぽろと涙を流し、僕のローブを掴む。そんな彼女が哀れでしかし、僕だけに縋るその弱弱しさが愛しくて――まるで惹きつけられてしまったかのように僕は迷うこともなく、裾をきゅっと遠慮がちに握りしめて俯くなまえの頭に手を添え、僕自身の胸板に優しく押し付ける。すぐに服を通して涙の温度が伝わってきて、この状況を甘美に思いつつも同時に、ただ撫でることしかできない自分がひどく情けないと思った。
なまえが何を考えていたのか、その一言一句を正確に知ることは僕にはできない。けれどきっと、なまえの元の世界のことで、還れるものなら還りたいのだろうな、とぼんやりと推測した。

(──でも、帰ってほしくないな)

なんて、我ながら酷なことを考える。──聞くところによればなまえの帰還方法はまだ見つかっていないらしい。なら、そのままずっと還れずに此方にいてほしい、僕が側にいることのできない場所に行かないでほしいと、そう思ってしまうのだ。
なまえにとっては残酷なことでしかないのだとしても、僕は願わずにはいられない。どうか、誰よりも近く、誰よりも側にずっといさせてほしい。
──そうするにはどうすればいいのだろう。白髪の軍師は、なまえを繋ぎ止めるための策を思案した。



望みの落とし方
(僕の願いを叶えるには、愛しい君の望みを犠牲にしなければならない)



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