「君って本当に愚図だね」

ようやく開けた視界に映ったのは心底呆れた様子で私を見下す彼の姿だった。
ボロボロとまではいかなくても傷が散見されるその姿はやはり何度見ても痛ましいことこの上ない。それが表情に出てしまったのだろう、彼──ギムレーは眉間に皺を寄せて腕を組むと、不機嫌を隠そうともしない声音でこう言った。

「人の心配ばかりする前に自分の心配をしたらどうなんだい。僕が気づかなきゃ君は死んでいた」

「そうだね……私の不注意だった。助けてくれてありがとう」

そう、私はギムレーに助けられた。事の顛末は戦闘後だ、みんなの力を借りてどうにか戦場を制圧することができたのだが戦闘を切り抜けることができた安心感からか私は油断してしまったのだ。
そこを敵兵に付かれて、背後から私は不意打ちを受けてしまうところだった。ところだったというのは、実際に剣で斬り付けられることはなかったからだ。

『なまえ!!』

状況に気づいたアルフォンスの叫ぶ声が耳に届く。けれど私は声を出すどころか動くことすらできなくて、夜の帳が落ちるような暗闇を認識することで精一杯だった。
全身を覆う緩い圧迫感、生温い粘液が衣服に染み込んでくる。閉塞されている状態だが、くぐもった戦闘音が聞こえてきてすぐに止んだ。身動きを取る事はできず、しかし頭を働かす。私はおそらく、"ギムレー本体の口内"に匿われたのだと把握した。
器──ルフレの身体の方のギムレーはまだ本体である邪竜の頭を出したままだったし距離も離れていなかった。その場から動くことなく私を咥えることは簡単だろう。私はギムレーに助けられたのだ。そして、今に至る。

「──とりあえず、さっさと出てくれないかな。そのまま飲み込んでしまってもいいのなら別だけど」

「出ます!すぐ出ます!」

物騒な脅し文句を吐かれたのですぐに立ち上がると広げられた口の外へと足を踏み出す。粘液──唾液と弾力のある舌に足を取られて歩きにくかったが、牙を掴んでなんとか抜け出した。
日光の元で改めて己の姿を確認してみたがやはりというべきか全身が唾液でべとべとだ。だが、死ぬことにならなくてよかった。まさか、ギムレーが救ってくれるとは思わなかったが。

「軍師ともあろう者がぼーっと突っ立ってるなんて随分と良い身分だね。後ろで指示を出しているだけだからって油断しすぎなんじゃないのかい?」

「うん……。それについては返す言葉もないし、私の至らなさが原因でみんなやギムレーに迷惑をかけて本当にごめんなさい」

「…………僕の小間使いがそんなみっともない顔を晒してるんじゃないよ。まだ気づいていなさそうだから言ってあげるけど、その腕を治癒してきてもらったらどうだい」

「えっ、あ……こんなところいつの間に」

指摘された箇所に目を落とせば、二の腕に一文字の切り傷が広がっていた。剣による傷ではないから乱戦での風魔法の流れ弾に当たってしまったのだろう。自覚すればじくじくと傷口が痛み始める、出血は多くはないが放っておく訳にもいかない。

「サクラー!ごめんサクラ、こっちお願い!……あっ、ギムレー、本当にありがとう!!」

「ふん。騒々しいね」

これはまずい普通に腕が痛い、アドレナリンの分泌がおさまったせいだろう。遠巻きにこちらを見守っていたサクラの名を慌てて呼ぶと、彼女はびくりとした後にあわあわと杖を握り直して駆け出してきた。
私も同様にサクラの元へ向かおうとして、再びギムレーにお礼を言う。彼はどこか馬鹿にしたように鼻を鳴らしたが、文句を一つ零しただけで私を見送ってくれた。
サクラが大慌てで傷口に杖を翳す。淡い光に包まれて癒えていくその傷に、私のみならずサクラもほっと安寧の息を吐いた。

















「お兄様、ギムレーさんってなまえさんの前ではあんなつっけんどんな態度を取ってましたけど、わたし見てました!なまえさんが襲われそうになっている時の焦った顔やその後の恐ろしい表情!それに、今だってほら、なまえさんの背中を横目で見ています!とても心配そうでしたからね!」

「シャロン、本人の前では言っちゃいけないよ……」

ギムレーは日常的になまえのことを小間使い小間使いと呼んでいるが、彼がなまえに向けている感情は単なる小間使いに向けてのそれとは大きく異なっていることをアルフォンスは知っている。
それは、言葉にするならば──愛情というものだ。尤も、当の邪竜は己がそのような感情を抱いていることを見て見ぬふりしているようだが。
人間を嫌う彼は召喚された当初、なまえのことが気に入らない様子であった。だが、同じ時を過ごしていくうちに早い話が絆されてしまったのだろう。──ただ長く過ごしただけでは彼は変わらないだろうが、なまえという人間の在り方やその性質にいつの間にか惹かれてしまっていたのかもしれない。
相変わらずなまえ以外の人間は虫ケラと同然の扱いをするしそれはアルフォンス達に対しても例外ではないが、なまえにだけは違う。時折見せる柔らかな笑みは、それだけでなまえを愛しいと思っていると確かに物語っている。
きっと、襲われたのがなまえでなければあのように助けることもなかったしその後──紅い瞳をぎらぎらとさせてまだ一度も見たことがないような凍てつくほどの冷酷な表情で敵を葬ったりしなかっただろう。
少なくとも、あの人間嫌いの邪竜はなまえを好いている。竜の恋愛観はわからないし人と相違する箇所も多くあるだろうが。

(まぁ、彼がそれを認めるには先が長そうだけれどね)

自覚をすればそこからどうなるのかは想像ができないが、なまえにとって幸せと思えるような愛情表現をお願いしたいものだ、となまえの相棒は憂いだ。


寵愛の濡れ鼠
(その雨はきっと、ずぶ濡れになっても止まないのだろう)



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