「なまえ、きれいに出来ているじゃない。個数が多いからどうなるかと不安だったけれど、上手よ」

冷えて固まった生チョコレートを乗せたトレーをテーブルの上に置くと、横から覗き込んだカチュアが褒めてくれる。
今日はバレンタインということで、朝早くから女性陣達とチョコレート作りをしていたのだが、私はアルフォンスやシャロン、アンナ隊長のみならず召喚に応じてくれた全員の分のチョコレートを用意したので随分と時間が掛かってしまった。
私がせっせと用意している間に昼近くまで時間が過ぎ、ほとんどの女性陣はチョコレートを作り終えて配りに行ってしまったのだが、唯一カチュアだけは最後まで私に付き合ってくれていた。

「袋詰め、手伝うわ」

「ありがとうカチュア、付き合ってもらっちゃってごめんね」

「気にしなくていいわよ。私は──チョコレートを渡す相手なんて、姉妹以外にはあまり居ないから」

そう言って自嘲したカチュアは、一瞬だけとても儚げに見えた。彼女の想い人のことを私は直接聞いたわけではないが、ずっと過ごしていれば自ずと察してしまうもの。だが、私にはそれになにか口を出せる権利なんてないのだから、彼女が自分から語ってくれるまでは知らないフリをするつもりだ。
さて、肝心の生チョコレートなのだが、数が尋常ではない分凝った成形はできなかった。シンプルな四角形の小さな生チョコレートを二つずつ袋に詰めては赤いリボンを結んでいく。
この袋詰めの作業だけでもかなり長く掛かってしまったが、カチュアの協力もあってどうにかこうにか詰め終わることができた。

「あら?まだ、二つ残ってるわよ?」

「あーうん……これは、ね」

トレーの隅に残った二つの生チョコレート。だが、もう赤いリボンは残っていない。
これは自分で食べる用──というわけではなく、当然贈り物だ。みんなにあげる分とは違い少しだけ特別な、バレンタインのチョコレート。
にへら、と曖昧に笑えば、なにかを察したのだろう、カチュアは優しく微笑を浮かべると「頑張ってね、応援しているから」とどういうわけか励ましてくれた。
その励ましの意味はよくわからなかったが、そのまま手を振って出ていこうとするカチュアのことを、私は慌てて引き止める。

「カチュア!これ!」

「どうしたのなまえ?──これは、友チョコ……っていうものかしら?」

「うん、カチュア、いつも私のことを助けてくれてありがとう!」

私が手渡したのは、青いリボンが巻かれた袋。中には生チョコレートが二つ入っている、当然ながら先程私が作った品だ。
前日にカチュアがチョコレート作りの手伝いを申し出てくれた時から用意していた青いリボンは、他ならぬカチュアただ一人に向けて贈る物。
カチュアは初期の頃に召喚に応じてくれた英雄で、付き合いも特に長い。それに加えて彼女は面倒見がいいから、戦場でも日常でも何度も助けてもらった。私にとっての、大切で大好きな友達だ。
カチュアはリボンが他の色とは違ったから少し驚いたみたいだったけれど、華が咲くような可憐な笑顔で受け取ってくれた。そして今度は、しっかりとさよならをして、私は再びトレーに向き直る。

「…………受け取って、くれるかな」

生チョコレートを袋に詰めて、懐に入れておいたリボンを取り出す。それは赤でも青でもなく、紫の鮮やかなリボン。これも、特定の誰か一人に向けたちょっとだけ特別なチョコレート。
ただ──これを渡す相手、"彼"が受け取ってくれるかはわからなかった。チョコレートは嫌いかもしれないし、そもそも人間からものを貰うこと自体を嫌悪するかもしれない。
もしも嫌がられたらその時は潔く引き下がるつもりだ。でも、受け取ってもらえたら──

「って、なんでニヤニヤしてんの私!まずはみんなにチョコレートを渡さないと!」

いつの間にか緩んでいた頬を軽く叩いて気を取り直すと、生チョコレートの山を積んだ木箱を両手に抱えて城中を駆け回るのだった。









(どこに居るんだろ……)

一日中走り回って日も落ちた。普段ならば、自分から姿を見せることはないものの探せば見つかるのだが──今日という日に限ってはどれだけ探し回っても彼は見つからなかった。
木箱には、少数の赤いリボンを巻き付けた袋と、紫のリボンを巻き付けた袋が入っている。
この残っている赤いリボンの袋は、一度渡そうとしたけれど受取拒否されたか渡せなかったものだ。闇のオーブの力を纏ったハーディン皇帝を筆頭にこういった馴れ合いを嫌う者達には突っぱねられ、スカディを持ったタクミなんかにはそもそも話をまともに聞いてもらえず渡せなかった。
というわけでこの赤いリボンの生チョコレートは自分で食べるとして、問題はこっちの紫リボンだ。こちらに至っては渡したいと思っている人物が見つかりすらしない始末。
城中は見て回って、彼の好む人気の無さそうな場所を手当たり次第探った結果とうとう森の中まで足を踏み入れる。森の中といっても一応は城の敷地内であるが、ここにも居なかったらお手上げだ。

「ここ……あの教会かぁ。こんなところまで来ちゃったのか」

前方に見えてきた建造物に目を凝らす。すると、蔦の絡まった門や鈍く光る鐘が見えたので、何時ぞやの記憶を頼りにここは教会であると導き出す。
彼と契りを結んでから暫く経った頃に偶然、二人でここに来たことがあるがその時も外観を見ただけでどうかしたというわけでもなく、それ以降は遠目でも見ることはなかった。
つまり、ここに辿り着いてしまったということはそれなりに深くまで来てしまったのだろう。もう辺りは薄暗いし、このままでは夜に呑まれてしまう。真っ暗になる前に帰ろうと踵を返して──大きな影が落ちてきたのを認識したと同時に私の足は地面から離れた。

「ぎゃっ!?!?」

ローブが引っ張られて持ち上げられる感覚と、全身を襲う一瞬の浮遊感。しかし、すぐにどすんと派手に尻餅をついてしまう。
色気のない悲鳴をあげて衝撃が響いてきた腰をさする。そうしながらも考えるより先に、なにが起こったのかと辺りを見回していた。
原因はすぐにわかった。何故なら、月明かりに照らされて逆光になりながらも映える赤い瞳と紫色のオーラ、そして至極楽しげに歪められた薄い唇が目に入ったからだ。
そう、私の探していた彼──邪竜ギムレーは、此処にいたのだ。どうりで見つからないわけだと納得する。

「もう少し淑やかな声を出したらどうなんだい」

「誰のせいだと思ってるの……」

「さあ。僕は君を持ち上げてあげただけなんだから知らないよ」

喉の奥でくつくつと笑いながら、彼は本体の竜を撫でる。おそらく私は、ギムレーの本体の口に咥えられて此処──教会の屋根の上に降ろされたのだろう。
こんな傾斜でよくもまぁ、優雅に座っていられるものだ。私は、ずり落ちないように体勢を変えるのでさえも精一杯だというのに。ギムレーは浮遊できるからそもそも関係ないのだろうけど。

「君が僕を探して奔走しているのは見てて悪くなかった」

「え!?探してるって知ってたなら、出てきてくれればいいのに」

「それだとつまらないだろう。君が僕を思う時間は長くなければ、ね」

私がギムレーを思う時間?それが長くなければならないってどういう──
そう聞こうとした時、彼はちらりと私の手元に視線を落とすと見透かしたようにこう言ってのけた。

「僕に捧げる物があるんだろう?」

「え、あ──そう!今日はバレンタインだからチョコレート作ったんだよ」

中身を落とさないようにしっかりと抱えていた木箱、その中に入っている紫リボンが巻かれた袋を取り出す。
フローラが氷の部族の力を応用して、チョコレートを自然には溶けないようにしてくれたと言っていたが確かにそのようだ。ずっと冷却せずに持っていたというのに僅かも溶けている様子がなかったことに安心する。
──ただ、受け取ってくれるのだろうか。人間である私からの物なんて嫌がるのではないだろうか。そう考えてしまうと、どうしてか心臓がきゅっと痛んだ。

(……?)

あれ、私はなんでこんなに気にしているんだろう。此処に来るまでも受け取ってもらえないことは何度かあったが、その時は少しの落胆だけで仕方がないと諦められたのに、ギムレーにだけは、渡す前からこうやって不安になっている。
受け取ってほしい、断らないでほしい、ぐるぐるとそういった思いが内心渦巻いて、こんなのまるで──恋しているみたいじゃないか。
私だって今までに生きてきて普通に恋もして、それがどういう感覚になるものか理解している。でも、英雄は遠くて眩しい存在だから憧れを抱きこそすれ恋に落ちるなんてことないと思っていたのに。
この紫色のリボンだって、確かにギムレーへだけの特別なものだが、それは好意を抱いているからって理由で選んだわけじゃなかった。ギムレーとは契りも深めて何度も戦場で共に戦った特別な相手だからと、彼の出している炎のようなオーラと同色のリボンを使用したのだ。
──待って、私はギムレーを好き?ギムレーは、純粋に英雄と呼ぶには似合わない存在かもしれないけど私にとっては大切な仲間で、召喚に応じてくれた大切な英雄でしかなかった。一体、何時から私は彼のことを好いていたのだろう。
もう何時からかなんて自覚できるほど遡れないが、私がギムレーのことを好きだと自覚してしまうと途端に顔に熱が集まってきて心臓がうるさく高鳴る。

「なに惚けているんだい。早く渡してごらんよ」

「ごめん、──これ、生チョコレート……。一応私の手作りだけど、いらなかったら──」

袋を手にしたまま固まっている私を不審がったのか、ギムレーが催促してくる。
このままうじうじしていても進展はない、腹を括った私は袋をギムレーに突き出す。だが、まともに彼の顔を見れずに視線は屋根の瓦を数えているのだが。
私が最後まで言い終わる前に、ギムレーは袋を手に取った。彼の動きは見えていないものの吟味しているように感じられる。
いよいよ心臓がばくばくと早鐘を打ち始めた。冬の夜は寒いはずなのに、今は全身が暑い。
突き返されたりしないだろうか、と湿っぽく気にするなんてどれだけ初々しいんだと自分でも呆れるが、気になってしまうものは仕方がないだろう。
私にとってはまるで永遠の刻が流れたかのような、長く苦しい時間だったのだが──彼の言葉でその緊張は終わりを告げた。

「及第点といったところかな。受け取ってあげるよ」

「ほんとに!?よかったぁ……」

「──……間抜けな顔だね」

思わず満面の笑みをこぼしてぱっと顔を上げると、彼はどうしてか少しばかり面食らったように目を丸くした。
今この時ばかりは、常に掛けられている皮肉気な言葉も愛おしい。とにかく、私は受け取ってもらえた事実に安堵したのだろう、緊張状態を終えたことによる脱力感がそう物語っている。
私が密かに喜んでいる中、彼はリボンを解くと中の生チョコレートを一つ摘んで口に含んだ。意識して見ればなんて麗しい所作か、その一連の動作にだけでも私は見惚れてしまっている。

「少し甘すぎるな」

「えっ、砂糖入れすぎたかな……。口に合わなかった?」

「合わないなんて言ってないだろう」

砂糖の量が多すぎたのかと目線を下げて考えていると、不意に顎を掬われた。
疑問に思う間さえなく、間髪入れずに唇に柔らかな感触が訪れたかと思えば、びっくりして開けた唇の僅かな隙間から生温いなにかが強引に入ってくる。
そして眼前には、ギムレーの長い睫毛と紅玉のように綺麗な瞳──

「ちょ、ん、むれ……っ!!」

キスされたのだと気づいた瞬間、彼の胸板を弱々しく押すが彼が離れてくれる気配はなく。言葉で静止しようとすればさらに舌を捩じ込まれる。右手で顎を固定されて、左手はいつの間にか腰に回されて、逃がさないというようにぐっと引き寄せられて──
散々舌を弄ばれて酸欠になり、生理的な涙が目尻に滲んできて漸くギムレーは口を離す。

「甘いだろう」

「あ、甘いけど!今、今……!!」

「人間は、好いた相手にはこうすると聞いたけど」

口に広がるチョコレートの味は、確かにとても甘かった。だが、私の頭を占めるのはチョコレートよりもギムレーの行為で。
だから、彼がなんでもないように言い放った"好いた相手"という言葉は私の思考を停止させるには十分だった。

「好いた……相手って……」

「何度も言わせるな。言葉通りだよ、僕は君のことを気に入っているからね」

「でもそれは、小間使いとしてでしょ……?ずっと添い遂げたいって想う相手以外には簡単にキスとかしちゃ……」

「それぐらい知っている」

馬鹿にするな、と言いたげに不服そうにじとりと睨んできたが文句を言ってくることはなかった。
ギムレーはすぐに、もう一つの生チョコレートを口に含むとすくっと立ち上がる。月を背に、夜風に靡く白い髪はまるで月光が形作ったようで妖艶だった。そんなことをぼーっと考えるほどには、私は思考が働いていない。

「ほら、降りるよ」

私が見蕩れていると、ギムレーが手を差し出してくる。慌てて立ち上がってその手に自分のそれを重ねると包まれる、ゆったりとした心地よい浮遊感はギムレーによるもの。
ギムレーとワンテンポ遅れて、足底が優しく草の上に落ちる。初めての感覚に少しはしゃいでいると、ギムレーはさくさくと歩いて行こうとするので急いで後を追った。

(あれ、そういえば──ギムレーは、キスの意味を知ってて私にしたの?)

それはつまり──すぐに答えに行き着くと、ぼんっと顔が真っ赤に染まる。
いやでも、邪竜なのだから愚かな人間を少し弄んでやっただけという悲しい可能性も──

「僕は、そんなつまらない遊びはしない」

「へっ!?」

私が考えていることなどお見通しらしい。声には出していないのに絶妙なタイミングで否定されて素っ頓狂な返事をしてしまうと、愉快そうに彼は笑った。




砂糖をたくさん混ぜ込まれたような
(この酔ってしまいそうな甘さは、きっとチョコレートのせいだけじゃないはずなんだ)



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