戦争が終結を迎えて、ここまでずっと力を貸してくれていた英雄達も元の世界へと戻る日がやってきた。
彼らを送還するのは、召喚士であるなまえの役目であり責任でもある。何度も死地を共にした彼らと別れるのはとても寂しかったが、彼らには彼らの世界があるのだから戻らなければならないのだ、寂しいからというエゴで縛り付けるわけにはいかない。
そんな送還だが、人数が多い分一日では還しきることができずに日を分けて行うこととなった。
だが、日毎に人数が減っていく様子は思ったよりも堪える。あんなに賑わっていた城も、段々とその沸き上がるような明るさは無くなっていき、荘厳で静寂な王城へと戻りつつあった。
──なまえは明日が憂鬱だ。何故なら、明日で全ての英雄を送還することになっているから。特に絆を深めた"彼"とも、別れなければならないから。















「ギムレー、ここでいいの?」

木々に埋もれた教会。石門には蔦が絡み、内部は僅かに荒れている。しかし、そんな中にも厳かさを感じさせる神聖な気が漂っていた。
こつこつと、二人分の靴音が教会に響く。一人は白いローブを纏った召喚士の女でもう一人は、彼女とは対照的に暗い色合いのローブを羽織った白髪の青年。
青年は女──なまえの問いには答えずに祭壇の前に上がると、ステンドグラスを透過して様々な色合いに染まる光を浴びながら目を瞑った。

「ここ──久々に来たなぁ。前は、ギムレーと外観をちらっと見ただけだったよね」

「送還は好きな場所でいいと言ったね。──僕は、何故この場を選んだのか己でもわかっていない」

大抵の英雄は、アスク王国の中でも特に思い出に残っている場所での送還を望んだ。実は、それが日を何日かに分けることになった一番の要因なのだが、出来る限りの希望を叶えたかったなまえは、英雄達の思い出の場所を聞いて回った。
そして、今目の前に立っているギムレーが唯一残っている英雄──最後の送還相手なのだが、彼は意外なことにこの教会を選んだ。
ここは、ギムレーと絆を深めて暫く経った頃に偶然が合わさってちらりと外観だけを見掛けた教会なのだが、正直に言って彼がここを覚えていたことも送還場所に選んだことにも驚いた。

「そのうち殺してやろうとは思っていたが、僕は結局、君を生かしたまま今日を迎えた。……人間なんか嫌いだ、人間を殺すことに躊躇なんてなかった。君だって所詮は退屈しのぎの駒で、飽きたら喰いちぎってやろうと考えていたのに──結局、君のことは殺さなかった」

ギムレーは、なまえに背を向けたまま一人言のように語り始める。彼は他の英雄達と比べると饒舌な部類とは決して言えなかったが、今日は随分と心境を明かしてくれる。
今までは、聞いても適当にあしらわれて教えてくれないことがほとんどだったのだが──送還される日だからなのだろうか、最後の最後で漸く此の邪竜の深い部分に触れることを許してもらえるような気がした。

「何故だろうね、ここ数日はずっとその理由について思考を巡らしていた。だが、時間を無為に浪費しただけで答えは出なかった」

「ギムレー……」

「──僕としたことが、喋りすぎたな」

語りに水を差してしまってもよいのかと迷ったが、胸中の卸しきれぬ感情を綯い交ぜにして彼の名を呼ぶと、ギムレーは首を横に緩く振ってなまえに振り返った。
ステンドグラス色の逆光で照らされた彼は、その整いすぎた容姿も相俟ってかひどく神聖なものに思えた。髪も瞳も、全てが手の届かない遠くの偶像のように感じられる。そんな彼をぼんやりと見つめていて、────ああ、もう会えないのだなと急な喪失感に襲われた。
他の英雄達とも別れて、寂しいという感情は持て余すほどに味わったつもりだったのに、ギムレーとも今日を最後に言葉を交わすことができなくなるという実感が溢れてくると、つきんと心臓が痛む。
それと同時に、目頭が熱くなって涙まで零れそうになって──頭の片隅に追いやっていた"離れたくない"という嘆きがうるさく存在を叫び始める。

「なまえ」

どうして──と自身の感情の変化に戸惑っていれば、抑えきれなかったものが表情に出てしまったのだろう。
ギムレーは、一瞬だけ瞳を細めるとなまえに向けて手を差し出した。
その手に自分のそれを重ねようとして、ふと躊躇する。触れたいのに、触れたくない、矛盾に満ちた葛藤が突如生じたのだ。
触れてしまったら、きっと後戻りできなくなってしまう。なにが、と問われれば漠然としすぎて具体的には自分自身でもわからないのだが、なにかが決壊してしまうような、そんな予感がしたのだ。
だから、重ね掛けた手を戻そうとしたのだが──

「早く、僕の──…………小間使いだろう」

手首を掴まれると、ぐいっと引っ張りあげられる。強引に引っ張られたのもそうだが、やけに歯切れの悪いギムレーの言葉が気に掛かったのもあって、バランスを崩して階段に躓きそうになったもののどうにか転ばずに上がると、ギムレーはなまえを自身と横並びの位置に置いた。
ステンドグラス越しの光が、なまえをも照らす。アスク王国民が崇める神の彫像がひっそりと鎮座する祭壇の前で、無音の中二人は向き合いながら互いを見つめあっていたが──先に言葉を発したのはギムレーだった。

「いいよ、送還されてあげるよ」

苦笑とも取れる曖昧な微笑みを、慣れないようにぎこちなく浮かべてギムレーはそう言った。
対するなまえは、それに頷いたにも関わらずどこか渋るように神器を何度も持ち直す。それは緊張故かはたまた──ギムレーを送還したくないからなのか。なまえは言葉にこそしなかったが、表情にはくっきりと出してしまっていた。
唇をきゅっと噛み締め、溜まった涙を落とさないように踏ん張る姿を見れば、誰であろうが彼女の内心を嫌でも察することができるわけで──しかし、なまえの意思を尊重することは他でもないなまえが許さなかった。

「全く、手が掛かるね。僕の前なんだからもう少し堂々としたらどうだい」

見兼ねたギムレーが、なまえの手の甲に自身の手を重ねて神器をギムレーの方へと向けさせる。
ギムレーに手を重ねられた瞬間、なまえはぴくっと身体を跳ねさせたが、逡巡の素振りを見せた後やがては覚悟を決めたようにしっかりと己の力でブレイザブリクを支えて構え直した。
呼吸が薄くなって頭がぼやりとする中で、なまえは震える指を動かしてブレイザブリクを起動させると、神器は白い光を放ってギムレーを包み込む。すると、ギムレーの身体からきらきらと光の粒子が零れ出ては宙へと昇って消えていく。
送還が始まった証拠だ。多少の猶予があるとはいえ、時期にギムレーは彼の在るべき世界へと還る。だから、これが本当に本当の──最後の機会だった。

「ギムレー、……あはは、どうしよう。言いたいことはいっぱいあるのに、全然まとまらないや」

「もう十分話しただろう。────………………いや、取り消すよ。そうだ、僕もまだ言ってやりたいことがあった」

「なに?」

ただ立ち昇るだけだった光の粒子は、やがてはギムレーの身体を少しずつ虫食いのように溶かしていく。
ぽろぽろと腕が、髪が、胴が、ほんの僅かずつではあるが侵食されるように粒子へと姿を変えて、本格的に彼が送還されようとしている。

「邪竜と友好的に世間話をしようだなんて君が本気で考えていたと知った時は呆れたよ。どこまで愚かで無知なのかとね、──いや、そんなことが言いたいわけじゃない」

溢れては昇って溶けていく粒子は、ますますその白光の輝きを増していく。

「戦場では散々僕をこき使ってくれたね、それに、戦場でない時も君は僕に付き纏ってきて──違う、こんなことはどうでもいいんだ。話の整合性がない、僕らしくもない」

ギムレー自身も話したいことが纏まっていないのだろう、珍しいこともあるものだとなまえはどこか冷静な部分で思った。
──不意に、ギムレーがローブを脱いだかと思えばなまえの頭に被せてくる。
視界がローブの黒色に覆われてギムレーの姿が見えなくなってしまったので、それを退けようとすればギムレーに手を掴まれて阻止された。

「君と居た時間は、そこまで悪くはなかった。離れがたい、この僕がそう感じてしまう程度にはね。────これは、……名残惜しい、名残惜しいというものか、初めて知ったよ」

重ねられているギムレーの手が溶け始めているのを、伝わってくる熱が少なくなっていく感覚で察した。

「────ああ、そうか」

ギムレーが、納得したようにぽつりと零す。

「君を、小間使いと呼ぶことがどうして引っ掛かったのか。今更じゃないか、もう少し早くこれを理解できていれば。まだ、君に言いたいこともある、本当の望みだって口にさせていない。はは……、僕は、我は、……僕は」

頭に掛けられていたローブがそっと捲られた。漸く開けた視界にはギムレーの端正な顏がいの一番に映るものだから、まるで、結婚式のマリアヴェールのようだなんて、──そんなことは有り得ないのに、そう錯覚してしまう。
ステンドグラス色の光も、白光の粒子も、それに抱かれるギムレーもとても綺麗で、──愛しくて、ついに涙がぼろぼろと頬を流れて落ちる。
ギムレーは、なまえの泣き顔を惜しむようにそっと涙を拭うと、一瞬、ほんの一瞬の瞬きよりも短い時間──

「……!!」

「僕は、なまえ、君のことが"いとしい"と、ずっと──」

唇を重ねて、邪竜に似つかわしくない愁いを帯びた笑みを浮かべながらそう告白すると、彼はなまえの目の前からふわりと消えたのだ。
一瞬だけ感じた唇の熱も、頬を包む手の温度も、幻のような現実を連れて、最後にあんな言葉をのこして行ってしまった。

「っ……う、うあ……!!」

呆然と、ギムレーが居た場所を眺めていたなまえは、突如夢から醒めたようにはっとすると膝から崩れ落ちた。
涙が止まらなくて、気を抜いたら濁流のように溢れてしまいそうな感情に耐えられなくて、──縋るように、唯一残った彼のローブを掻き抱く。
涙を吸ってシワになって、それでも、彼の香りが鼻腔を擽るものだからさらに寂しくなって。
ギムレーの言葉が、何度も何度も脳内で反復される。ずるい人だ、そう言い残して消えるなんて、とてもずるい人だ。
だが、それを責めるべき相手は彼ではない、一番情けなくて臆病で──なにも伝えられずに彼をずるくしてしまったのは自分自身だったのだから。
だから──もう聴こえないのだとしても、ひたすら繰り返す。伝わらない、伝えられない、そうわかっていても。

「好き、……っ、好きだったし今でもずっと、ずっと好きだよ、……う、っ……く、……ギムレー」




誓約は彫像のみが聞き届ける
(たとえば、もっと早く伝えられていたとすればなにかが変わったのでしょうか)



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