ふざけた人生を謳歌しました!

絶体絶命のピンチでは?
いやこれは間違いなく絶体絶命のピンチで、あたしはもしかしなくても死に掛けているのでは?自分の目の前で蠢くもう人間離れした塊。なにこれもうただのホラーなんですが?勘弁して。襲われたら間違いなく死ぬ。ただの人であるけれどそれだけはわかるよ。あたしは勘が鋭いんだ。そんであそこで倒れてる人、あれはもう死んだ人なんだろうなってのがわかるんだよなぁ〜。あたしは勘が鋭いので。帰りたい、本当に帰りたい。何でこんな道中突然死に直面しなきゃいけないんだ。何したって言うのよ。
26歳、仕事帰り突然死に直面しましたが何かの手違いで転生し、悪役令嬢となりました。みたいな転生ものか?とうとうあたしにもそんな好機がやってきたのね!これはもうただの現実逃避!いやいや死にたくない、死にたくないだろ。あたしだってあたしの明日があるんだよ。他人からしてみればくそつまんない人生だったとしてもそれがあたしの人生で、誰かにとやかく言われる物じゃないんだよ。何で突然現れた化け物に襲われて死ななきゃなんですか?あたしじゃなくて会社のお局をよろしくお願い致します!もう遅いんだけど。あたしが先に襲われておりますので。先のお葬式あたしか〜!悔しいな。葬式も上げてもらえるくらいの死体で済むかな?

「ただただ死にたくないなー!だってまだこの間買った本読んでないんだもんなぁ!」

涙が出てきた。泣いたってどうしようもないじゃん。そもそも何故?いや、運でしょうね。ツイてなかったんだ。そうなんだよー、今日全然ツイてなくて、仕事でもたらふく失敗するし、先輩には怒られちゃうし。そんで、仕事帰りには化け物に襲われて死ぬのか。死体も綺麗にはいかないだろうなあ。ただの人なのに。
助けてほしい。誰でもいいから助けてほしい。
何でもするじゃん。何でもあげるよ。欲しいもの何でも頑張っちゃうじゃん。お前の為にあたし頑張るよ、高いものは無理だけど。しかもお前、目の前のお前は化け物だけど。だから許してよ。
そんなこと考えてる間に化け物はビビリ散らかすあたしを散々眺めて愉しんだ後でこっちに向かってきた。あ?なんだあいつ性格クッソ悪いな。殺すならさっと殺せよお前絶対恨むからな。顔覚えたからな!うわこわい!ああ手が伸びてくる。爪長いしでかいし気持ち悪いし。触られたくない気持ち悪い。気持ち悪い!

「気持ち悪い!!!」
「ア゛…?」

それこそ無我夢中で無抵抗で殺されるのは悔しいからってそいつの手を思いっ切り叩いた。ぺちんっなんてこの場にそぐわない軽快な音だったと思う。もうあたしも涙とか鼻水とかでぐちゃぐちゃだし前とか良く見えてなかったけど、ただ突然あたしの目の前に現れて人を蹂躙していたそれがあたしの目の前で爆ぜた。きったねえ花火だな。こんな台詞言える日がくるとは思わなかったよ。
いやなんで?
ぐちゃぐちゃのそれは見るに堪えない見たくないやだ〜〜〜〜〜!!!!もう26歳の女の子にスプラッタはきついです。言うてる場合じゃない。もう早く逃げたい。早く逃げなきゃ自分が自分じゃなくなってしまいそう。何もかも意味が分からない。何であたしなんだ、あたしが何しましたか?自分の鞄を拾い上げて、なんかもう血みどろだけど。こんな姿だけど、早く家に帰って早くシャワーを浴びたい。
悪い夢だったのかもしれない。できるだけ、できるだけ人に遭遇しないところを通って、早く。早く帰りたい。帰ってシャワーを浴びて、ご飯作って食べてもう寝よう。夢だったかもだし!カタカタ震える自分の手が全部否定しているような気になる。むりむり、重い重い。てか帰り道どっちだっけ。
そんなことを思ってふと顔を上げた。
いつの間にか目の前に人が居た。人、青みがかった綺麗な髪、継ぎ接ぎの肌、黒いローブ、いやもうどんな格好。色気よ。普段元気なあたしだったら大興奮だよやめてよ。「はぁ、」大きなため息が漏れた。普段のあたしとはなんぞや。帰りたい。

「こんばんは、お姉さん。」
「……はい、こんばんは。」
「あの呪霊、下級とは言え一般人に祓える程弱くもなかったんだけどなぁ。お姉さん、何したの?呪術師?」
「呪術師が何かはわかりませんけど、あたしただの会社員なんで…。何したの、って言われたら敢えて言うなら叩きましたかね…」
「は?何て?」
「え、だから叩いた」
「叩いたの?」
「え、うん…手伸ばしてくるから、なんかこのまま潰されて殺されるのが悔しかったから、気持ち悪かったし、最後の抵抗でもしとこうと思って叩いたら突然…爆発して、ああ…夢、夢?夢じゃないの?意味わかんない、何で?なんであたしなんだよもう勘弁して。普通に生きたいだけじゃんか、もうさぁ、なに」
「ふうん。じゃあ、」

ずるずるとその場に膝から崩れ落ちた。項垂れて、自分のベージュのスーツが真っ赤になってるせいで色々現実味がありすぎて逃げられない気がした。普通に生きたいと思って普通にしてたのに。普通に会社員にもなったのにぃ!なんでだよぉ!その場で情けなく泣いた。別に前に居るこの人があたしの事慰めてくれるとか助けてくれるなんて思っちゃいなかったし、何なら今目の前に立ちながら「夢かどうかはあの世で確かめるといいよ」って今言った。こいつ今物騒なこと言った。これ殺す気がある奴が言う奴じゃん!ほらもうなんだよ!あたしが何したっていうワケマジで!自分の両手で顔を覆った。もういい、殺すなら一思いに殺して。そんな気分だった。そんな気分だったのにぽん、とあたしの頭に手を触れてきた男はその後何度もあたしの頭をぽんぽんした。いやどういう意図よ。

「…俺君に触れてるよね?」
「ずっと頭触ってんじゃん!ぽんぽんぽんぽんさあ!この手が慰めてくれてるんじゃないってことくらいあたしにだってわかりますけど!」
「君、無意識で魂の形を知覚してるんだ。俺が見えてるってことは呪力もあるんだろうし。うーん…ねえ、さっき触ったら爆発したって言ったよね?」
「…言った。」
「君が嫌いな人間で試すのがいいかな!よし、じゃあついておいで。ちょっと実験しに行こうか。」
「もうやだよ…動きたくない…」
「ええー。もう、しょーがないなぁ。ほら行くよ。」
「行かない…やだぁもう意味わかんないもんやだぁ!」
「君、人間は好き?」
「嫌いだよバカ!自分の都合ばっかだし意味わかんないいちゃもんつけられるし、気に入らなかったらすぐハブるし今日怒られた意味もわかんないしお局は毎日毎日嫌味言ってくるし機嫌で当たってくるしミスしたら全部あたしのせいだし!あたしがこんな目に遭うんじゃなくてあいつらが死ねばいいんじゃないですか?!人間が全員死んだあとならあたしだって死んでやるよ!!何なの、むかつく!腹立つ!もう嫌だ!嫌!」

完全に八つ当たりだ。この継ぎ接ぎの人全然関係ないし。涙も止まんないし何かもう自分の人生の嫌だったのことのアルバムめちゃめちゃ捲れていくし。人なんか嫌いだ人なんか嫌いだって毎日思ってたのがもう口に出ちゃうし。気が晴れないから拳で自分の膝とか打ち付けてみるけどそれでも全然気は晴れないし、泣きながら打ち震えてたら膝の上で強く握られたあたしの手を優しく握ってくる手があった。冷たくもねえ暖かくもねえ。変な手。自分の手ばっかりが熱い気がする。顔を上げたら割と至近距離にいた継ぎ接ぎの人。にっこり、それはもう素敵な笑顔でした。あ、好きです。嘘です。

「君が何者かを知るお手伝い、俺にさせてよ。」
「あたしが…何者か…?」
「そう。だから手始めに着いてきて。いい?」
「…うん、うん。」
「君が嫌いな人間に、目にもの見せてやろうじゃないか。」

その言葉は甘美だったから。初めて自分を認めてくれたような気がした。あたしの事をわかってくれるのはこの人だけかも!なんて思っちゃったんだ。ご立派な承認欲求だな、聞いて呆れた。ただその時は握られるこの手は絶対に離したくないって思ったんだよ、思っちゃったんだもん!例えそれが間違えた扉を開く手だったとしても!




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