恋した人は、私の親友が好きでした、とか。 ありきたりなマンガみたいな展開に私はもう笑うことしかできなかった。 本当は笑うことすらしんどかったけれど、ふたりの幸せの為なら私はこの気持ちを殺して、背中を押すよ。 だって、2人とも大好きだもん。嫌いになんてなれないよ。なれる訳ないよ。 …なりたくないよ。 中学時代の親友が自転車競技部とやらのマネージャーになってから文化部の私は他の友人と帰ることが増えた。 私の活動は週一程度だからタイミングが合えば一緒に帰ることもあったけど、18時になってやっと終わる運動部と部員のタイミングで終わるうちの料理部ではそれすら難しかった。 家庭科室を片付けて、きちんと施錠して、鍵を職員室に返して。 友人と雑談しながら校門へと歩いているときに親友を見つけた。 彼女は満面の笑みでぶんぶんと手を振ってきて、少し恥ずかしくなりながらも小さく振り返す。 私たちの関係を知っている部活の仲間たちはたまには一緒に帰りなよ、と気をまわしてくれる。 ありがたく親友へと駆けよれば、後ろに怪訝そうな顔をした自転車競技部の面々がいた。 「なまえちゃんっ!お疲れ様!」 にこにこしている彼女はそんなことすら気にしてないのか気付いていないのか、鞄取ってくるね!と部室まで走って行ってしまった。天然ってすごい。 その場に残ったのはクラスメイトの鳴子くん(まともに話したことはない)と隣のクラスの寒咲さん(体育の授業が一緒)、それから名前は知らないけど黒髪の長身男子(かっこいい)だった。 すぐにぱたぱたと走ってきた親友を軽く抱きとめる。 「なまえちゃんおまたせ!」 「うん、帰ろっかー。部活のみんなはどうするの?」 「あっ!」 私たちのことは気にしなくていいよ、なんて言う寒咲さんを置いて帰るなんてできずに、結局5人連れ立って帰ることになった。 「みょうじさんって料理部だっけ?」 「そうだよー。週一活動中」 そのワードに過剰反応した鳴子くんが何か食べ物持ってるのかという熱視線で見つめてくるのを「今日はもう食べちゃったけど今度なにか差し入れできるもの作るよ」と遮ればまたぱあっと目を輝かせた。 「ところで――」 そっと寒咲さんに耳を寄せて、ひとり知らない人がいるんだけど、ってこそっと呟くと「3組の今泉くんだよ」と小さく返してくれた。優しい。 「えっと、今泉くん…?」 「何だ」 「急にお邪魔しちゃってごめんね、あとうちの子ちゃんとやってる?たまに抜けてるから心配で…」 ふ、と軽く笑いながら「うちの子って」と突っ込まれて、あれ私いきなり変な印象持たれたかなぁと不安になる。 「あいつはまあ…頑張ってるぜ。それからオレ、オマエの名前知らないんだけど」 「あっごめんなさい!6組のみょうじなまえ!」 「みょうじな。」 「うん」 口の中でちいさくみょうじ、みょうじ…と繰り返す今泉くん。 あまりに見た目の印象と、最初のそっけなさから想像できなかった行動に、面白くなってつい笑えば何笑ってるんだよと怒られた。親友曰く「照れてるだけだよぅ」らしい。 そんなこんなで、私と親友、今泉くんと鳴子くんは時たま昼ごはんを一緒にとることが増えた。 寒咲さんも来る日もあるけれど、大体は橘さんと一緒らしいからレアだ。 「なんかお前女子にしては話しやすいんだよな」とよく分からないお墨付きを今泉くんにもらってからというものの、みんなでのご飯は今までよりとても楽しかった。 自分の作ったお弁当のおかずをみんなで分けあったり。いい嫁になれるぜなんて今泉くんが言うものだから、部活がある日は差し入れしたり、日に日にもっと喜んでもらえるように頑張ってみようなんて思っちゃったんだ。 「ねー鳴子くん」 「なんや?スカシの事か?」 「ちがっ…くは、ないけどぉ…」 どうやらそんな私の想いは鳴子くんには筒抜けのようで。そんなに分かりやすいらしいのに今泉くん本人は気付いていないと言うのだから性質が悪いのかなんというのか。 それでも鳴子くんはうだうだ唸る私の話をしっかり聞いてくれて、「みょうじさん以上に話しやすい女子おらんて言うてたから」だとか「応援してる」だとか言っては背中を押してくれた。それがくすぐったくて、新鮮で、むずむずした。 姉気質というのか、そうやって今まで親友の面倒を見てきたからなのか。 周りから頼りがいがあるなぁなんて言われて調子に乗ってたんだと思う。 本当の姉妹だってそういうものでしょ? 口うるさい姉より、器用で可愛い妹が愛されるものでしょ? 「オレ、あいつのこと好きでさ。こんなこと相談できる女子、お前以外にいねーから」 本当助かる、と。なにより残酷なのは、私のことを女子扱いしたことよ。 ただの友達とか、どうでもいいとか。そういう扱いだったら色々言い訳して逃げられた、っていうのに。 女子として、相談してくるって、私の事ちゃんと女の子だって思ってくれてるってことでしょ? 好きな人が頼れるのが私しかいない優越感よりも、好きな人の好きな子が私の大好きな子っていう方が、心の割合を占めて締めて、すきって感情を閉め出して。 精一杯のつくりわらいで「そうなんだ」と言えばこっちを見ているはずなのに私の方なんて見向きもしないで、私の変化なんて気付きもしないで ああ、と顔を赤らめた。 かなりショックなはずなのに涙なんて出て来なくて、本気じゃなかったのかなぁと部屋のベッドで膝を抱える。 それでも応援しよう、と決めてから 間を取り持って2人が付き合いだしたと聞いたのは、わりとすぐだった。 ある日の放課後。帰りがけに休憩中らしい鳴子くんに呼びとめられて、人のいない部室へと引っ張っていかれた。 話したい内容はなんとなく予想がつくから、慰めとかいらないのになぁと思いながらも引かれるままに着いて行った。 けれど開口一番飛び出した言葉は、私の予想の斜め上を行くものだった。 「どうしてワイが、みょうじさんの気持ちに気付いたか分かるか?」 「…鳴子くんが鋭いから、?」 「みょうじさんがスカシの事好きなのは分かったのに、スカシが好きなのが誰かあいつらが付き合うまで分からんかったんやで?」 うぐ、と言葉に詰まれば おんなじや、と苦笑した。 それからなんてことないように、言葉を紡ぐ。 「料理が上手くて、親友の事が大事で、憎めなくて悩んで、それでも嫌いにならんで、ちょっとお節介で、気ィばっかり回して、」 「えっなにそれ途中から悪口?」 「ええから最後まで聞けや。相手がスカシっちゅーんがアレやけど年相応の女子らしく恋して頑張ってるそんな」 みょうじさんが大好きなんやでー!って花の咲くような笑顔で言われたら、流石に照れるっていうかこれで照れない人がいるのだろうか。 自分でも分かるくらいに顔が熱い。そんな私の頬に手を当てながら「真っ赤やな!お揃いや!」なんて更に追い打ち。いやだからお揃いじゃない。顔と髪はだいぶ違う。動転して突っ込んだけど軽くスルーされた。笑うな。 「照れてくれるっちゅーことは脈ない訳じゃないみたいやな」 そんなポジティブシンキングすら今は羨ましいと思う。 「このタイミングはずるいかもしれんけど。ワイ、卑怯なんは嫌いやから。こうなったら真っ直ぐアプローチさせてもらうわ。絶対みょうじさんのこと惚れさせたるから、末永くよろしゅうな!」 ずるいと卑怯は違うのか。疑問は解消されることなく引きとめてスマンかったなぁ!と解放されてしまって私はひとり帰路につくことしかできなかった。 それから好きやで!と事あるごとに言ってくる鳴子くんに私が折れるのはきっと時間の問題だと思う。 そうでなければこの胸の高鳴りの説明、どうしてくれるのよ!もう! Back |