Pedal | ナノ

 もう疲れたと言ってリクルートスーツのままベッドへとダイブする彼女を布団から引きはがそうとすることも最近では慣れてしまった。不本意ではあるけれど。

「おら、せめてスーツくらい脱げヨ」
「なに靖友私の着替え見たいの?」
「バァカ。もう見飽きてるっつーの」

 みょうじの投げかけた冗談に乗ることはせず、メシ持ってくるから待ってろと荒北は部屋の奥へと消えていった。一人暮らしのみょうじの部屋は広くないため、その気だるそうな背中がまだ見える。
 その間にみょうじは手早く部屋着へと着替え、素直にテーブルの前にちょこんと座って待っていた。
おらよ、と荒北が運んできた料理をテーブルに並べるとみょうじは目を輝かせる。

「靖友さぁ本当に料理上手くなったよね…」
「まァ誰かさんの為にしょっちゅう作ってりゃなァ」
「そろそろ私負けそうな気がしてきたよ」
「流石に一人暮らし四年目には勝てねェよ」

 通っている大学の近くで一人暮らしをしているみょうじなまえは、現在必死に就活中の四年生である。そこに半同棲状態のように入り浸っているのが彼氏である荒北靖友で、サークルで出会い付き合いを始めてから約二年が経っただろうか。
 未だ三年生である荒北は就活という言葉の重みを深くは知らないし、みょうじの様子を見ていると知りたくもないと思ってはいるのだが今の彼女にとっては重大な問題であるようで。
 授業もあるのに遠くまで説明会を聞きに行ったり、面接を受けたり。よくやるなァと思いつつ靖友も来年こうなるんだからね、とげっそりした顔で告げられるので先が思いやられる。

 食べ終わった後の食器を下げ、洗おうとするみょうじを止め、横から仕事を奪い去る。疲れてんだろ、これぐらいやらせてくれてもいいんじゃナァイ?そう言えばしぶしぶといった感じに引きさがり、ありがとうとぼそり呟く。
 これも手慣れたもので、食器を洗いタオルで手を拭くとみょうじは既にベッドに腰掛けていた。
 やすともー、と名前を呼びながら自分の横をばんばんと叩く。埃立つからやめろヨ、そう思うもののそんな野暮なことは言わず隣に腰を下ろせばまるでなにか鳴き声かのようにやすとも、と呼び続けながら肩に寄りかかってくるところを見る限り、相当弱気になっているようだった。

「働くことが嫌な訳じゃないの。でも就活したくない」
「それ就活してるセンパイとか皆言ってンよな」
「だって面接なんかで私の何が分かるのよ!そんなのある程度取り繕えるじゃない…」
「あー、まァな。」
「どんな企業行っても言うことは一緒なのにねーああもう!」
「…なぁなまえ。内面しっかり見てくれる上に長く続けられるイイ仕事あるんだけど」

 怪訝な顔をしたみょうじの自分と比べかなり細く白い左手をおもむろに取り、薬指にちゅ、と唇を寄せて「一生オレの面倒見るっていうのも悪くないんじゃナァイ?」と口角を吊り上げて聞けばちゃんと就職して養ってくれるならねと冷静で端的な返事が返ってくる。
けれどみょうじの耳がほんのり赤いのを確認すると荒北は薄い笑みを浮かべ、これは来年本気出さないとなァなまえ、とわざとらしく耳元で囁いた。



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