それはまるで幼稚で滑稽なスロー・ダンス




  今宵は星ひとつ無い



  駅のプラットフォームに降り立って直ぐ、リディはよるの匂いが濃いと言った。
  こいつが訳のわからない事を口走る時は、九割方生易しい状況に転ぶ事は無い。
  おまけに現地に繋いだ探索部隊の無線が繋がらなかった事も、事態の深刻さをより深く決定付けることになった。



  「マテールの亡霊がただの人形だなんて…」

  夜の濃紺にも映える白銀髪の聖職者―モヤシがそう言って顔を顰めた。
  その隣を走るリディは、さっきから飽きずに三日月を目で追っている。
  何が楽しいのか知らないが、こいつは何故だか相当に夜が好きらしい。
  頬を掠める暴力的な風を感じながら、俺は汽車の中で読んだ資料の内容を脳内で反復した。



  ―「神に見放された地」、人間たちに造られやがて置き去りにされた唄う快楽人形。
  500年の時を生き今も尚動き続ける其れが待つのは終末か、
  それとも歪な奇跡か―そもそも、待ってもいないのか

  いずれにせよ俺には余り興味が無い事だけは確かだった。


  
  「…イノセンスを使って造られたのならありえない話じゃない」

  吐くように零したその言葉は、身体を撫ぜるつめたいな気配に飲み込まれて消えた。
  今ではほとんど慣れてしまった絶望のてのひらの感触。手遅れだったか



  「トマの無線が通じなかったんで急いでみたが…殺られたな」

  「…」

  モヤシは黙ったまま顔を俯けた(―俺はこいつのこういう所が嫌いだ)。
  足を止めたリディはまた何も言わず、じっと遠くの空を見つめている。



  「おいお前―始まる前に言っとく。
  お前が敵に殺されそうになっても、
  任務遂行の邪魔だと判断したら俺はお前を見殺しにするぜ!」

  犠牲無しの聖戦なんて望まない方が良い
  俺たちがエクソシスト―残念ながら短命の聖職者なら尚更のこと



  「嫌な言い方」

  ―こういう所も。



  「―神田。あそこに、いる」

  鼓膜を突き破る勢いで走って来た爆発音の5秒前、
  リディが掠れた声で俺のなまえを呼んだのが聞こえた。
  どうやら今回もこいつの悪い予感が的中してしまったようだ





  ・
  ・
  ・





  よるの気配に混じって濃く滲む、絶望の匂い。



  「あの馬鹿」

  翳るつめたい月光を背に、わたしは神田の忌々しげな呟きを聞いた。
  せかいで二番目に無慈悲なエクソシストが贈る―
  宛先は哀しくも不幸な少年、アレン・ウォーカー。

  ついさっきわたしと神田のめのまえから消えた彼は、
  ひかるちいさな点のようになって遠く向こうの壁に叩きつけられた。

  きっとアレンの相手は殺人の経験値を積んでレベルアップしたアクマ、
  ―――相当の数を殺している事は明らか。



  「リディ」

  立ち上がりかけたわたしを振り返る事も無く、
  只しずかに神田がわたしのなまえを呼んだ。
  まるでよるに融けるような彼の漆黒が、
  さっきまでのつめたさが嘘みたいに穏やかな風に遊んでいる。

  
  
  「行くぞ」

  「…りょうかい、」



  わたしは神田のおおきな背中越しに、
  独りちいさく十字を切ってアレンの生還を祈った。

  正直に言うとわたしはかみさまなんて存在は信じていなかったのだけれど、
  さっき出会ったばかりのやさしいアンラッキー・ボーイの為に
  ちょっとだけかみさまという神聖な単語を乱用させて貰った―――
  全く冒涜的な聖職者、



  右耳のピアスのチェーンを引きちぎると、その破片は固い地面に弾けてきえた。
  てのひらの中でつめたく脈動するそれに、わたしはちいさな声で呼びかける

  絶望を葬る為に絶望を呼ぶ



  「ヴェロニカ」



  お早う、ここは貴方が焦がれていた、










  (おはようリディ)

  そうしてわたしはゆっくりめをさます















  20120210
  20120428 加筆修正



  title by 流星マーメイドオライオン