ねえきっとわたしは憶えているよ










  そして彼女は死んでしまった、



  「ラ…ララ…」

  死にゆくような微かなこえはそれでもララのなまえを呼んでいた。
  失われた彼女だけのいのちを探し彷徨うようにゆびさきが揺れる。
  あんなにも奇麗だったひとみは人形の其れになっていて、
  滑らかでちいさな子供のようだった指先は人工の関節になってしまった。

  「ほぉ―――――
   これがイノセンスかぁ」

  何時だって殺戮対象を鮮明に映し出している兵器の機械製のひとみに、
  ララを確かに生かしていた彼女の心臓―溢れんばかりのひかりを撒き散らすイノセンスが映し出される。

  発動させたヴェロニカが暴れまわるように唸っている。
  イノセンスに反応しているのだと理解するまでに時間はかからなかった

  グゾルはまだ生きている―ララは、もう一度生き返ってくれるだろうか
  左手の中のヴェロニカを強く握り直して、アクマに飛び込もうとした時



  「返せよそのイノセンス」



  流砂が舞う埃っぽい空気に、肌を刺し殺すようなつめたい殺気が融けこんだ。
  何時の間にかわたしの腕を掴んで居た神田が指差す方向を見遣れば、
  アレンの左手のイノセンスがまるで生まれ変わろうとしている最中で

  「返せ」

  有無を言わせない口調にわたしはちいさく息を呑んだ。
  彼の周りをまるで従うように殺気が走り廻る

  「…造り変える、イノセンスを」

  「寄生型の適合者は感情で武器を操る、
   ―宿主の怒りにイノセンスが反応してやがんだ」

  そこで神田は一度言葉を切った。
  けれどわたしには―きっと彼が言う筈だったことばが、解った

  其れは気を抜けば殺されかねないという錯覚を覚える程の殺気。
  ヴェロニカが何時の間にか静まっていた

  そして、

  「バカ!まだ武器の造形が出来てないのに」

  アレンはふわりと空中に跳んで―――其の左手は聖なる銃口、
  其処から幾千ものひかりの線が吐き出された。
  人形とグゾルとわたしたちを掠める事無く其れは執拗にアクマを追い込む。

  「…神田?」

  気付けばわたしの腕を掴んでいた神田の力が強められていて、
  なまえを呼んでも彼はこちらを視ようとしなかった。
  もう一度彼のなまえを呼ぼうとした時、

  アレンがくちびるから鮮血を吐き出した―リバウンド、
  瞬間的に成長したイノセンスが身体を蝕んでいる証拠。
  わたしと神田は殆ど同時にアクマの身体に突っ込んだ。

  「!リディ、神田、」

  わたしの隣で六幻を構えた神田は歯を喰いしばって、おまけに舌打ちをひとつ。

  「この根性無しが!こんな土壇場でヘバってんじゃねぇよ!
   あのふたりを守るとかほざいたのはテメェだろ」

  わたしはヴェロニカの刃でアクマを押し返しながらちいさく微笑った―彼らしい。
  襤褸襤褸に崩されたアクマの凶器が軋む



  「お前みたいな甘いやり方は大嫌いだが…口にしたことを守らない奴はもっと嫌いだ!」

  「…そうなんだって、アレン」

  「は…は、」

  どっちにしろ嫌いなんじゃないですかと、アレンは困ったように微笑った。
  ティムキャンピーが一生懸命に彼の髪を引っ張っている。



  「別にヘバってなんかいませんよ―――ちょっと休憩しただけです」

  「………いちいちムカつく奴だ」



  立ち上がったアレンの左腕が奇麗な程に輝いていて、



  「消し飛べ!」



  ふたりが叫んだのと同時に、アクマは流星群のようなひかりの群れに襲われて、きえた





  ・
  ・
  ・





  あたまがおもい、

  ぼんやりと色彩の滲む視界にイノセンスが降ってきた。



  「生きてて…ください」

  痺れるゆびさきを伸ばす、



  「もう一度 ララに…」



  「アレン、」



  僕のなまえを呼ぶ、透き通るようにやさしいこえがして―――
  リディの姿を探そうと思ったけれど身体にちからが入らない。

  すると、どこからか迷い込んだ眩しい月光のいろに、
  翳りを与える真っ黒なコートの裾がめのまえで泳いだ

  そして青白いゆびさきがイノセンスを掬い上げる





  「もうだいじょうぶだよ」

  「…、」

  「アレン―――ララはきっと生き返るよ」

  「…、リディ、」

  「貴方が倖せなゆめを見れますように―――おやすみなさい、アレン」



  リディの柔らかなくちびるが額に触れて、
  彼女のてのひらが僕の視界を覆ったのを感じたのと同時に―――僕は意識を手放した









  ・
  ・
  ・










  「…ねえララ、わたしは当分死ねそうにないから約束させてほしいの、
   貴女のこと、わたしはきっと憶えているから」



  

  「………ほら、もうすぐよるがねむるよ」





  てのひらの中でかみさまが一度、うたうように煌めいた















  煌めくのは彼女に向けたアルボラーダ

  ねえきっとわたしは憶えているよ(わすれないよ、の代わりにさせてね) 















  20120226

  アルボラーダ = 朝のうた