三木千種と、日直になった。
三木千種とはあまり話をしたことはない。
そんな俺の気まずさもどこ吹く風、三木はさっさと日誌に取り掛かった。
俺は手持ち無沙汰で、することもなく三木の手元を見る。
「なあ」三木がいきなり口を開いた。すこし、身構える。
「なんだ、」
「古橋のさ、下の名前。なんだっけ」
「は」まだ名前覚えてねえのかよ、という言葉は飲み込む。
「悪い、覚えんの苦手」確かに、それっぽい。これも飲み込む。
「悠生」
ゆうき、と発音した。
「ゆーきね、字は?」
「…はるかに、いきる」
「あー、わかった」「おう、覚えとけ」「おう」
やけに素直なのが、いつもつるんでる奴らとは勝手が違ってちょっと戸惑う。
でもなんだかそれが少し面白くて、話をしたいような気もした。
「なあ、」口を開く。
「何?」
三木は、顔を上げない。
「いつも、猫原と一緒にいるよな」
「ああ、うん。」
この手の質問には慣れているのだろう、三木はやはり顔を上げずに答えた。
「付き合って、ないんだよな」
「あー、うん。幼馴染、ただの」
「へえ」
へえ、ってなんだ俺。
「で、何?」
俺が今名前をだした猫原碧と、目の前の三木千種は幼馴染。知っている。
有名だった。
男女間の噂を何より好む高校生に、仲の良い男女はよく目に留まったからだ。
付き合ってるの?幼馴染らしいよ。へえ、
そんな話題が何度も繰り返され、今となっては妙な二人組として周知されている。
俺も、二人の姿を見たことがあった。
教室の隅で、廊下で、周りの喧騒が嘘のように、静かな二人組。
声をあげて笑うでもなく、傍から見ていたら何をしているのかもよくわからない。
他の友人といるときの方が見た数は多いはずなのに、
"三木千種"という人間を思い出すときに浮かぶのは、猫原碧といる三木千種の姿だった。
それだけ、二人の雰囲気は独特で印象的だったのだ。
三木が、顔を上げた。
「日誌、終わったけど」「あ、おう」「提出に行ってそのまま俺帰るから、古橋ももう帰っていいよ」「おう」
三木が鞄を持って立ち上がる。
それを見て、喉につかえていた言葉が飛び出した。
「なあ、」「なに」
「…飽きない?いつも、同じ奴と一緒で」
ずっと思っていた。
友達といて、馬鹿騒ぎをして、俺はそれを"楽しい"だと考えていたから。
静かな、二人だけの世界を見るたび、俺は恐怖のようなものを覚えた。
友達といて静かなんて、ありえないといつも思った。
一瞬虚を突かれたような表情を浮かべる三木。
初めて表情らしい表情を見た気がする、と間の抜けたことを考える、俺。
少しの沈黙が耐えられなくて、矢継ぎ早に言葉を続けた。
「ほら、二人でいるときっていつも静かだろ?だから、その、楽しいのかなーってちょっと気になってさ、」
三木が口を開いた。
「飽きないよ」
真っ直ぐな声。言葉は続く。
「一緒に居たくているんだから、静かでも、楽しい」
当然だろ、と言わんばかりの声に、ぐい、と心臓を直に掴まれたような気がした。
何でもないふりを装って、自然に声を出す。
「あ、ああ。そっか」
「そうだよ」
「へえ」
「…」
夕日を背負った三木が、俺を見る。
表情の読めない、三木千種の目。
ああ、と合点したように三木が呟いた。
「古橋は、飽きるんだ」
変なの、
そう言って三木が笑う。大人びた笑み。
何も、言えなかった。
完全に沈黙した俺を歯牙にもかけず、二言三言だけ告げて三木は教室を出て行く。
日誌を持っていく辺りマメだなと思うのと同時に、あいつどんだけ俺に興味ないんだよ、と八つ当たりのように思う。
完全に、図星だった。
その場の盛り上がりとノリを重視した友人関係は、楽しい代わりに、静まれば虚しい。
だから常に騒いでいるわけで、
停止が心地良い関係なんて、俺は知らない。
(高1秋)