僕は美しくなりたかった。
いくら華美にしても、どれほど愛らしくと心がけても、彼女の生み出すそれには敵わなかった。

彼女の指先には、それはそれは美しい魔法が宿っていた。
陽だまりを固めたような、飴色の花。暖かな乳白色を宿す猫。
ガラスのような勿忘草色をした靴。珊瑚色をした木は夕日を透かしてその紅を燃やした。
彼女の指先がふれたものはすべてすべて、美しくて尊い、永遠の彫刻と化した。
初めてそれらを、それらを生み出した少女を見たとき、僕は美しくなりたいと思った。

少女はいつも手袋をしている。
彼女の魔法の指先に触れることが許された、唯一のもの。
それだけが彼女の魔法から逃れ、形を保って彼女に触れる。

僕は、その時初めて、美しくなりたいと思った。
彼女の作品のようになりたいと、そう思った。

僕の指先にもまた、魔法が宿っていた。
薔薇の紅星屑のアイシャドウ、僕はいくらでも美しくなれた。
しかし彼女のガラス細工には敵わなかった。
僕は美しくなりたかった。

一度だけ、頼んでみたことがある。
「僕を、作品にして頂戴」。
彼女は驚いたふうに目を見開いて、そしてかぶりを振った。
僕は激しく憤った。期待が裏切られたからかもしれない、嵐の日だったからかもしれない。とにかく僕は彼女を責め立てて、彼女は何も言わず悲しそうに僕を見つめていた。

村一番の美しい彫刻が、彼女の母であると、告げられたのはその日の夜だった。

彼女の指先は、すべてのものの時を止める。
草木も、無機物も、犬や猫も、人でさえ、美しい彫刻へと凍りついていく。
彼女の魔法は、生まれてすぐに判明して、すぐにその措置が取られたはずだった。
けれども、幼い我が子の泣いてむずがる姿に心を痛めた母親は、そっとその手を覆う手袋を取り払った。
彼女の父が都の職人に作らせたそれは、彼女の周囲と、彼女を守るためのものだった。

彼女の母親は美しい硝子へと変わり、彼女は美しい小さな白い家に幽閉された。

彼女がほかの村人と同じように、家の外へ出たりするようになったのは最近のことだ。
彼女はいつも手袋をしている。たまに増える、硝子細工を、皆が見て見ぬふりをする。
可憐なを一輪、小瓶に挿そうとして。にゃあと鳴く愛らしい子猫を撫でようとして。
かわいそうな少女が起こすかわいそうな事故を、咎める者はいない。

彼女の指先には、魔法が宿っている。
僕のそれとはちがう、恐ろしい魔法。素晴らしい魔法。
僕は美しくなりたかった。

ある暖かい春の日。
彼女は母の像の足元で眠っていた。
眠る少女は、年頃にも関わらず、何一つ飾り立てていなかった。
そっと近づく僕は、その日も美しく自分を飾りたてていた。
色のない唇と閉ざされた瞳。はじめて彼女を近くで見て、僕は胸が苦しかった。
僕のどれほど着飾っても、彼女の生み出すものには勝てない。
それどころか、彼女の美しさにも及ばないのだと悟った。

震える指先で、そっと彼女の唇をなぞった
そぅっと、その瞼を撫ぜた
はじめて、僕は自分以外の作品を生み出した。

僕は美しくなりたかった。彼女の作品がとても美しかったから。

僕はただ彼女の作品になりたかっただけで、それはただ彼女に恋をしていたからに他ならなかった。。
彼女の作品に心を奪われたあの日から、僕は彼女にも心を奪われていたのだと、気付いた。
気付いてはじめて、あの美しい硝子たちを憎らしく思った。

時を止めてしまってもいいから、彼女の熱を持つ指先に触れたかった。
叶いもしないその願いに気付いた僕は、その夜、村中の硝子の彫刻を壊してまわった。
憎かったからだ。自覚してしまえば、硝子たちは恋敵、彼女と直接触れ合った、数千歩も先を行く恋敵たちだったからだ。
美しい硝子たちは、簡単に砕けていった。
壊す僕の感情が高まるにつれて、天候はどんどん悪化した。
風が吹き、雨が降り、嵐になった。
最後に彼女の母の像を砕いた僕は、その場で尽き果てたように倒れた。

目を覚まして、最初に見たのは、彼女だった。
嵐は過ぎ去ったらしい、僕の心ももう凪いでいた。彼女は泣いていた。
声が出ないから、嗚咽すら聞こえない。
昔街で見た、無声映画のようだと思った。

甘い香りがして、僕は起き上がった。
その香りの発生源をみて、僕は自分の認識の間違いを知る。

昨夜壊した、彼女の母の像だった。
その上を這う、黒い点だ、とすぐにわかった。

そうして気付く、彼女の作品が、永遠なんかではないということに。
硝子なんかじゃなかったのだ、脆い脆い飴細工。

砕けた彼女の母は、昨日の雨風によって、さらにその角を丸くしていた。
雨雪にどれだけさらされても損なわれなかったその造形は、僕によって砕かれたことを皮切りに形を保つことをやめたようだった。
その欠片を、さらに蟻が砕いて持ち去る。彼女の母は、見る間にますます損なわれていった。

涙を流した彼女が、起き上がった僕に気付いたようだった。睨みつけるような眼をしていた。けれど、思いのほか心は痛まなかった。
振り向いた彼女の顔には、昨日僕が施した化粧が残っていた。
涙で滲んだ以外はほぼ変わっていない。僕は微笑んだ。会心の出来だった。"僕の唯一の作品"。

その笑みをどう捉えたのだろう。笑う僕に、彼女が激昂したのは確かだった。
むき出しのその手で、僕に掴み掛かる彼女。
僕はますます笑みを深くした。

そうして僕は、彼女の唯一の作品になる。


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こちら【http://shindanmaker.com/395056】の診断より

「少年に宿ったのは、自分を飾る魔法です。星屑を掬ってアイシャドウ。薔薇の花弁をなぞっては艶やかなルージュ。対価として天候によって感情が左右されるようになりました。」
「少女に宿ったのは、触れたものを飴に変えることができる魔法です。対価として声を失いました。」

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