道路で遊んではいけません。
昔通学路のどこかにそんな看板が建てられていたような気がする。
道路脇にしゃがみ込んだ小学生を見かけて、ふとそんなことを思い出した。
あまり多くないにしろ車だって通る道だ。危険でないとは思えない。
やんわりと諌めるように声を掛ける。
「危ないよ、そんなところに居たら」
「…だって」
振り向いた子供の影は、白い翅の蝶を覆っていた。
要領を得ない子供の話をまとめると、
下校途中に雪の上に死にかけた蝶がいたので心配になりました、ということらしい。
心配そうな顔の少年にならって、神妙な顔で蝶を見る。
どこかの家で飼われていたものが脱走した、とかだろうか。
家の暖かさに騙されてうっかり羽化した可能性は十分に考えられる。
「お前、飼い主がきっとがっかりしているよ」
「?この蝶誰かのペットなの?」
「多分ね」
そうじゃなかったら、きっとこんな冬に蝶はいないよ。
分かったのかわからないのか、少年はふぅん、と曖昧な返事をした。
その間も、蝶はゆらゆら揺れながら立ち上がろうとしている。
風に煽られて、またぱたりと横になった。
「だったら、飼い主はきっと心配してるね」
「そうだね」
「蝶も、帰りたいね」
「そうだね」
そもそも、きっと蝶は飼い主なんか認識していないよ。
もし認識していたとしたら、春の楽園を夢見させた飼い主を恨んでいるだろうね。
さすがにそんなことを言うほど性根も腐ってはいなかった。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「この蝶死んじゃう?飛べる?」
「死なないよ」
にっこり、笑えば少年が安心したように息を吐く。
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「大丈夫かなあ」
「ここまで飛んできたんだから、ここからも飛んでいくよ」
「そっか」
そうだよね、と呟く少年は納得した様子だった。
だからほら、と俺も言葉を続ける。
「そうそう、だから君も早く帰らないと」
いつのまにか夕焼けが終わろうとしていた。
「うん。お兄ちゃんは?」
「俺はもうちょっと見守っておくから、安心して」
「わかった」
少年は素直に頷いて、手を振り歩いて行った。
こちらもひらひらと手を振る。
少年の姿が見えなくなって、足元でまだ揺らいでいる蝶を見下ろす。
白い翅をひらこうとしては倒れて、また立ち上がる。
もう一度。
もう一度。
もう一度。今度は翅がひらく。
もういいよ。
楽園なんか、どこにもない。
新雪を踏みしめる、独特の感触を足裏に感じる。
踏み込んだ足に体重をかける。
足を退けると、翅をひらいた形で潰れた蝶が見えた。
それを、これまた足を使って雪で覆う。
覆った上から、もう一回足で踏んだ。
踏みしめてそこだけへこんだ雪を、街灯が照らしていた。