みさきを育てることになって、当時付き合っていた恋人とは別れた。残業の多い仕事から、前から声の掛かっていた融通の利く会社へ転職した。まとまった休みのたび、両親と義姉両親のところへみさきを連れて帰った。みさきがランドセルを背負うようになり、俺が半熟卵でチキンライスを包めるようになったころ、義姉の両親に言われたことがある。どうしてそこまでしてくれるのか、と。

 ありがたいことだと泣いた二人に、どう返したのかをよく覚えていない。返せたのはきっと無難な言葉だ。

「みさきは、兄貴と美沙の子供なので」

 俺はずっと義姉を名前で呼んでいた。昔からずっとそう呼んでいたから。俺と兄と義姉。昔から三人でよく遊んだ。三人は幼馴染で、俺と義姉は同級生だった。
 三人で育って、兄が離れた学校に通うようになってからも、俺と義姉――美沙は当然のようによく二人で過ごしていた。
 美沙が、兄貴を好きなのだと俺に打ち明けるまでは。

 あとは、ただの笑えない話だ。
 幼馴染が義姉になって、俺に姪ができても、俺はうまく笑えないままだった。

 だから、俺のこれは善意ではない。俺を突き動かしたのは、もっと後ろ暗くて勝手な事情だ。兄と幼馴染の忘れ形見という理由は都合の良い大義名分に過ぎなかった。
 
 こどもはこの春、高校生になった。次第に母親へ似ていくこどもは俺の姪だ。
 それなのに、死んだ母親と同じように俺を呼ぶ姪の姿に、俺はいつかの幼馴染を幻視する。今と昔が曖昧になって、それはあまりにも身勝手でぞっとしない話。

 けれど、それももう少しの辛抱だ。ランドセルを背負った子供があっという間に高校生になったみたいに、みさきはすぐ大人になるだろうから。
 誰かのものになることが受け入れられなくて、ここまで拗れてきてしまった。
 そう、だから"もう一度"。

 塞がった傷を、丁寧に切り開くこの行為は自傷ではない。
 手放せなかった愛をゆっくりとなぞって、おれは今度こそ君を手放していく。

 あの日言えなかった心からの「おめでとう」が言えるその時を、俺はずっと待っている。
 
 誰も彼もが俯く病院の薄暗い廊下。眠りから覚めた幼いこどもが、おれの名を呼んだあのときから。

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