「あんた、人魚の肉は食ったことがあるか?」

「……なんてまあ、兄ちゃんにあるわけねえよなァ。誰に聞いたってそうあることじゃねえ。俺だって一回しかねえさ。何十年も海を渡り歩いて、たったの一度きりだぜ? しっかしまあ、酷いもんだぜ、あれは。不味いっつーのはああいうことを言うんだろうな。それくらいの衝撃だった。まずなんてったって、あいつらの肉は臭いんだよ。半人半魚、聞こえはいいが肉としては三流もド三流、サイアクの肉だな。獣臭いのと生臭いので、血抜きしようと塩を振ろうと酒に浸けようとどうしようもねえんだ。あの臭いは一瞬忘れられそうにねえよ。しかも食感ときたら硬くて筋張ってるときた。筋を切っても叩いても無駄だ、無駄。噛んでも噛んでも噛み切れねえし、最後は丸呑みよ。それでいて肝心の味なんてな、酸っぱいんだよ。信じられるか? 肉とも魚ともつかねえ代物さ。そもそも人間様が食うようなもんじゃねえんだ。二度と食いたかないね。食おうとなんかしないで売っ払っちまえばよかったって何遍も思ったよ。そうしたら貴族か見世物小屋かが喜んで大金を出しただろうさ。人魚っつーのは本来それだけ価値があるもんなんだよ。鼻をつまんで飲み込まれるようなものじゃなくてな。でも食い物としては生ゴミ以下。言い伝えがなきゃ食おうともしなかったし、いくら不味くても捌いちまったらもう売れやしねえからな。金の成る木を無駄にしてたまるかって意地で飲み込んだよ。そうじゃなければ、海に放り投げてたぜ。あんなもん、畜生だって見向きはしねえだろうよ。たまに街でも人魚の肉を出してるような怪しい店があるが、食えるようなもんは全部嘘っぱちだぜ、ありゃ。
 俺が人魚を食ったときはな、運が良かったよ。たまたま三匹も手に入ったんだ。先に網に偶然子供が掛かって、生簀に入れておいたらでかいのが二匹助けに来たんだ。親だったんだろうな。それも取っ捕まえて家族仲良く生簀行きよ、まあ最後は全員揃ってあの世へご案内だったけどな。海賊に関わって魚如きが生きて帰れるとおもったのかね。いくらバケモンでも上半身は人間だろうに、馬鹿な奴らだよ。結局子供さえ助けられないんだから。
 そうして偶然手に入れたはいいものの、苦労したのはここからでな。兄ちゃんも知ってるよな? あいつら、死んだら水になるときてる。溶けるんだよ、跡形もなくな。調理なんて如何したって不味いんだからなんでもいいが、これが七面倒臭え。どうやって肉にするのかって? 決まってんだろ、死なせねえんだよ。生きたまま捌いて、食うときまで生かしとくんだ。肉を切り出した後でも、本体が死んだら肉も溶けるからな。
 一匹目はあっさり水に還ったよ。ガキだったし、元々網に掛かって弱ってた。それもあって最初に捌いてみたわけだ。話には聞いていたが、到底信じられるもんじゃねえ。見たときには驚いたよ。呻き声が止まったと思ったら、もう無くなってた。水になったんだ。ガキ本体も、確かに切り出したはずの肉もただの水になって、そこにあった肉が水になる瞬間なんて、見たことがないだろ? 人魚が泡になる御伽噺もまんざら嘘じゃなかったわけだ。それを見た時は船中が大騒ぎさ。泣き出した奴もいたよ。ガキの頃母ちゃんに読んでもらった絵本と同じだ! っつってな。感動したんだってよ。イかれてんだろ? まあ、海に生きることを選ぶ奴なんざ、大抵そんなもんだよ。多かれ少なかれな。
 大変だったのはそこからさ。貴重な三匹のうち一匹をみすみす殺しちまったからな、慎重にもなるし、なんせ殺さずに捌こうってんだ。生きたまま包丁を入れるわけだから、暴れるわ叫ぶわでどうしようもねえ。人魚の声が人間に毒ってのは知ってるか? 叫び声を聞いて船中がパニックになったよ。半狂乱になって、大勢が海に飛び込んだ。声から逃れるためだけに、嵐の海の中にな。いくら海に慣れてようと、生きて戻れるわけがない。それくらい気がやられてたんだ。そういや、あの嵐だって、人魚が叫び出してからだったな。それまでは晴れてたんだ。恐ろしい奴らだぜ。おかげさまで、山ほどいた乗組員は三分の二まで減っちまった。海に飛び込まなくとも、気がおかしくなる奴も居たよ。声が収まってもどっかを見つめてぶつぶつぶつぶつ。完全に狂っちまった。もう使えねえからそいつらは次の陸地で下ろしたが、その時にはもう船の人間は半分になってたよ。
 あ? 『声が収まっても』? ああ、どうやって黙らせたかって? 簡単さ、喉を焼いたのさ。喉が潰れちまえば、声なんざ出せねえだろ。余計暴れはしたが、気を狂わせる声がないならこっちのもんさ。それに、ほら。自分たちと同じ言葉を使う生き物を生きたままどうこうするなんて良心が痛むだろ? 初めからそうしておけばよかったよ。だから二匹目を捌いた後、三匹目は最初から喉を焼いたんだ。
 そうそう、さっきこっちのもんとは言ったが、捌き方にもコツがあるんだ。捌き方というよりかは、生かし方か。必要なのは調理の腕じゃなくて、拷問の技術さ。食い終わるまで生かしておこうってんだから。身体のどこをどの程度失っても、心臓は止まらないのか、息は続くのか。そういうギリギリのところを見極める必要がある。それも相手は人魚ときた。誰も奴らがどの程度の深手を負ったら死ぬのかなんて知らない。だからこそ、必要なのは職人技さ。さいわい、うちの船はそういうのも得意でね、無事二匹とも生かしたまま捌き終えたわけだ。捌ききったときには酷い有様だったよ。見るに堪えないっていうのはああいうのを言うんだろうな。身体を半分近く削ぎ落とされて、焼けた喉がヒューヒューなるのがまた哀れでね。そんな状態なのに、奴ら、死なねえんだ。死なないようにしたんだから当然なんだが、それでもゾッとしたよ。生命力が仇になってる。そう思うくらいに死んだ方がマシって有様だったんだが、そういう点では奴ら人間より動物に近いのかね。自殺って概念は奴らにはないみたいだった。まさに息も絶え絶えで、それでも奴ら生きてたよ。
 俺らも大分健闘したんだが、奴らがどの程度で死ぬかわからない以上、大事を取らざるを得なくてな。結局、そこそこでかい人魚だったのに、切り出せた肉は二匹合わせてたったのこれっぽっち。一抱えもねえんだ。仲間が減ってなかったらここからもう一悶着あっただろうさ。よかったよ。しっかしまあ、こんだけ苦労させといて肉は臭えし不味いし仲間も減るし、人魚なんて食おうとするもんじゃねえな、ほんと。割に合わなすぎるぜ。
 まあ、俺が人魚を食った話はこんなもんだ。不老不死?  …………さあ。あいにくマメに鏡を見るような暮らしもしてなければ、日頃の行いが良いもんだから死にかけたこともないんでね。今のところ死んでないってのは不死とは違うだろ」

「だが、こんな機会に恵まれるくらいだ。俺も相当長く生きたってことかもな。だって、夢にも思わねえだろ?」


「まさか、人生で二度も人魚の肉にありつけるなんてなァ。――――会えて嬉しいぜ? 人魚の兄ちゃんよ」


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