――――〇〇県××町で、十五歳の少年が十四歳の少年を刺殺する事件がありました。事件は本日未明、漁に出ようとした町民が、防波堤の近くで、地面に倒れた少年の前に立っている少年を発見したことで発覚しました。少年の手には自宅から持ち出したものとみられる包丁が握られており、少年は町民の呼びかけに対し、「おれが殺した」と繰り返したそうです。二人は中学校のクラスメイトで、先日卒業式を迎えたばかりでした――――
「あんた、いつまで拗ねてるのよ」
運転席の姉貴が呆れた顔をした。見なくてもわかる。
「拗ねてない」
「よく言う。ずっとしかめっ面してるくせ」
「だから、おれじゃないんだって」
今日家を出てから、もう何回も繰り返した主張だった。そしてそれをもう何回も聞かされている姉貴が溜息を吐く。
「虐められてた子を不登校に追い込んだのが?」
「そう」
おれは、いじめなんかしていない。
三年になってからのクラスに、いじめがあったことは間違いない。二年の頃から虐められていた奴がいて、それが進級後も続いていた。虐めていた奴は悪知恵だけは働くタイプで、事態は教師たちには知られていなかった。だからこそ、そいつらはまた同じクラスになったのだろう。クラスの大半がいじめには無関心で、それはおれも同じだった。虐められていたそいつとの関わりなんて、ほとんどなかったと言っていい。
そいつと話したのはただ一度きりだ。一学期も終わろうとしていたある日、そいつが廊下でぶつかってきたのだ。俯いて歩いていたそいつが角を曲がってきて、おれと衝突した。もちろん、わざとではないだろう。でもそいつときたら、謝るどころかおれを睨みつけたのだ。もうお前らには屈しないだとかなんだとか、そんなことをもごもごと口にしたそいつの事象なんて、おれは知らない。おれとしては、関わったこともないやつにぶつかられたと思ったら啖呵を切られて、青天の霹靂でしかなかった。「どうでもいいやつ」が「むかつくやつ」に変わったのはその時だ。頭がカッと熱くなって、気が付いた時には、そいつの胸倉を掴んで壁に押し付けていた。
「勝手にぶつかっておいて、イキってんじゃねえよ。ウッゼェ」
直前までの勢いはどこへやら、途端にそいつは泣きだした。あんまり泣くものだから、謝らせるのも馬鹿らしくなって、さっさと塾へ向かったほどだ。高校受験を控えたおれに、馬鹿に付き合っている暇はなかった。だから、そいつとおれの間にあったことはそれだけ。掴みかかって言い返しはしたが、殴りも蹴りもしていない。
でも、そいつにとってはそうじゃなかったらしい。
次の日、そいつは学校に来なかった。ホームルームで担任が、ナントカくんについて皆さんに話があります、なんて言い出したときも、おれは自分には何の関係もない話だと思っていた。いじめ。え、今更? 不登校。へえ。
「今から呼ばれたやつは、このまま教室に残るように」
いじめをしていた数人の名前が呼ばれて、最後に呼ばれたのはおれだった。
「あいつ、逆恨みしやがったんだ」
もちろんおれは一貫していじめを否認した。いじめなんて、冗談じゃない。クラスメイトの証言も得て、日常的ないじめに参加していなかったことだけはなんとか信じてもらえたけど、それでも、不登校の決定的な原因はおれだというのが教師たちの判断だった。当の被害者が、おれといじめの加担者だと言って譲らなかったらしい。
話を聞き終えて、姉貴が言う。
「まあ、あんたが決定打になったのは確かよね」
「でも、虐めてたわけじゃない」
それなのに、おれはクラスメイトを不登校にした悪人になって、ついには転校を余儀なくされたのだ。
転校は両親の判断だった。ばあちゃんの所に行かないかと言われた時、すぐにわかった。失望されたのだ。転校は問題を起こしたおれへの戦力外通告だった。両親は優秀な人間だ。年の離れた姉も。中学受験に失敗したおれにとっては、高校受験が勝負だったのに。祖父母の家は田舎の漁師町にあって、そんなところじゃ塾にも通えない。
峠を越えると、海が見えた。黙り込んだおれをバックミラー越しに捉えて、姉貴が口を開く。
「知ってるわよ、そんなこと。父さんたちもね」
「……嘘だ」
「嘘じゃないってば。いくらいじめの疑いが晴れたところで、一回広まった噂はすぐ消えないでしょ」
あんたが勉強に集中できるようにって考えたのよ、と姉貴が言った。本当だろうか。あの両親がそういうことを考えるとは到底信じられない。でも、姉貴が言うならそうなのかもしれない、とも思う。多忙な両親に代わって昔からよく世話を焼いてくれた年の離れた姉を、おれはとても信頼していた。
「ほら、」
突然、姉貴がハンドバッグを後部座席に投げ込んできた。助手席に置いていた姉貴のものだ。慌ててキャッチする。
「何だよ」
「中、開けていいから」
言われるがままにハンドバッグを開けると、中には姉貴の私物と、見たことのない青い携帯電話が入っていた。姉貴の白い携帯電話は別に入っている。
「これ、」
「父さんたちから、あんたにって」
ぐ、と目頭が熱くなった。言葉が出ない。誤魔化すために窓の外を見ると、車はいつのまにか海沿いを走っていた。
「……おれ、シルバーがよかった」
「あんたねえ、」
バックミラー越しの姉貴が渋い顔を作る。それから笑った。
「ま、心機一転だと思って頑張りなさい」