入学式だというのに、幼馴染はいつもと変わらない顔で道に立っていた。
ひと月ほど前の卒業式の日もそうだった。いつもと変わらない様子で玄関を出てくる幼馴染を、いつも通りに迎えたことを思い出す。三木も碧も、そういったことに浮き足立つ性分ではない。
おろしたての制服はまだ少し硬くて、妙に重たく感じる。見れば幼馴染もしきりに首を傾げていた。足首を回しながら。「みゃーこ」呆れながら声をかける。学習能力にやや不足があるのは幼馴染の悪いところだと思う。
「またサイズ合わないの買ったの」
「23じゃ小さかったの」
「毎回言ってるよ、それ」
「23.5は大きい」
「中敷は」
「入れると小さい」
「歩ける?」聞けば大人しく頷いたので、違和感があるだけでさほど問題はないのだろう。「おばさんたちは?」「すぐ来る。みゃーこ見てくるって行って先に出てきた。みゃーこは?」「みどりさんと行くよ。あと5分くらいだと思う」「そっか」よかったね、という三木の言葉に、碧は黙って頷いた。
少しの沈黙があって、そういえば、と碧が口を開く。
「ミキは、もっと良い高校に行くんだと思ってたよ」
「本気で言ってる?」
「もっと良いところに行けたって聞いた」
すぐに言い直したあたり、幼馴染にとってはただの聞いた話だ。少なくとも、誰かに言われるまでは思いもよらなかったに違いない。碧が三木を見る。「なんで?」そう聞かれたとき、返す言葉はすでに決めていた。
「"なんとなく"。みゃーこだってそうでしょ、高校選びなんて」
「たしかに」
碧が頷いて、それから続けた。でもね。
「ミキが私と一緒のところなのは、疑いもしてなかったよ」
そう碧が言い終わると同時、強い風がふたりの間を抜けた。風は碧の髪をさらさらと、というよりはむしろ束ごと持ち上げて落とす。うっとおしそうな顔はこれが一回めではないことを示していた。「……切ろうかな」「ショート、多分似合わないよ」「じゃあやめとく」素直に頷いた幼馴染を見ながら、思う。(本当は、)
本当は、"なんとなく"なんかじゃなかった。「春何番かな」そう呟いた、ただひとつ、ただひとりだけの三木の"理由"。
「……十五くらいじゃない」
「もっとだと思う」
「じゃあ春三十二番」
好き勝手荒らして過ぎ去っていく。みんな勝手だ。春の風も、幼馴染も、それから自分だって。