好きだから暇さえあれば本を読んでいるのか、何もすることがないから本を読んでいるのか。その境目は曖昧だ。特に自分のような読み方であれば。
 多読と言えば聞こえはいいが言ってしまえば要は雑食で、部屋に積まれた小説や漫画はジャンルを問わないし、親の部屋から拝借してきた新書やら専門書まで何でも読む。ちなみに専門書の類は正直半分も理解できていない。

 そういう休日を謳歌しているとふと後ろから視線を感じた。その視線の主は振り向かずともわかる。三軒隣に住む幼馴染は午後から俺の部屋に来ていて、我が物顔で俺のベッドを占領している。手には先ほど手渡した漫画が開かれているだろう。みゃーこは本を読むのが遅い。
 振り向けば予想通り、本の三分の一ほどのあたりを開いたままの幼馴染が俺を見ていた。昔から変わらないまるい目がこちらを見ている。

「何見てんの」
「顔を」
「顔?」
「うん」

 多少斜めだとはいえ、後ろから見たって大して顔は見えないだろうに。そう言ったみゃーこが目を逸らさないので、俺も負けじと見返す。しっかりかち合ったはずの視線はすぐに外された。睨み合い未満。手に持った本を見るでもなく、俯いたみゃーこが呟いた。幾分硬い声は居心地の悪さからではなくて、幼馴染の常だ。

「見られるのは、ちょっと」
「勝手だなあ」

 自分は気付かれるくらいに見るくせに、見られるのは嫌だという幼馴染には昔から人見知りの気がある。だから人の顔を見られないのだとばかり思っていたが、どうやら見る分には問題はないらしい。

「目が合うと、見られている気がする。苦手」

 見るのは平気、と付け足される。敬語を外した幼馴染の言葉はどこか拙い。だからいつも他者に対して敬語なのか、敬語に慣れているせいなのか。そんなことを考えながら言われた言葉にへえと頷いて、なんとなく納得した。そういえば、確かにそう、これは昔からだ。何も言わない、親の陰に隠れる、そのくせして妙にこちらを見てくる子供だった。この幼馴染は。

「見るのは平気。目が合うのは駄目」
 俺の復唱に、みゃーこがその通りだと頷く。「もっと言うと」あ、その言葉の出だしは珍しい。

「目が合うのは苦手。目を見るのは平気」
「何が違うの、それ」

 思わず口を衝いてでた俺の質問に、みゃーこがすこし目を丸くした。それからひとつ瞬き。どうやら幼馴染にとっては予想外の質問だったらしい。そして大真面目な顔で口を開く。

「見てるときは、見られてない気がする」
「まさかの気持ちの問題」

 その答えは予想外だった。俺のツッコミに不思議な顔をしてみゃーこが首を傾げる。「目が合うのは私と相手だけど、見るのは私、だから」どうやら理解出来ていないと察したらしい。丁寧に説明を付け足して、みゃーこが俺を見る。その説明も幼馴染の感覚にだいぶ依ったものだったけれど。

「……通じない?」
「通じた。なんとなく」

 本当になんとなくだから、けして完全に、ではないのだけど、それでも俺の返事を聞いたみゃーこはうれしそうに笑った。たぶん、誰が見ても「うれしそう」と分かるような表情で。珍しい。意外なことが続く今日、俺が満足に読めたのは、幼馴染の来訪と、今その手にある漫画の進み具合くらいだ。

 みゃーことはもう十年以上の付き合いになる。だから、「読めない」と言われることの多い幼馴染を「けっこうわかりやすい」と思えるくらいには、幼馴染のことを知っているつもりでいる。それでも、こういうことは多々あった。解き明かした気でいたわけじゃないけれど、それでもやはりそういう局面になるとすこし驚いてしまうのは、ゆるしてほしい。と、誰に言うでもなく思ったり、とか。「なんとなく、なんとなく、かあ」みゃーこがそう繰り返して、口をひらく。

「難なく?」
「なんとなく」
「にゃんとなく?」
「鳴かない」

 久々に幼馴染がよくわからなかった。ただ下らない冗談を口にする幼馴染の機嫌がいいことだけは確かで、それが確かなら今はそれでいいと思う。わからないのだということをわかってさえいれば。
 いつまで経ってもばかにわかりやすくて、とびきり難解な俺の幼馴染。
 なんて、たぶん、きっと誰だってそうなんだろうけど。俺が解き明かそうとしたのはこの子だけだから、やっぱり「俺の幼馴染は難解だ」という言葉でいい。そんなことを考えながら、目の前の幼馴染の名を呼ぶ。

「みゃーこ」
 それを聞いてもう一度、幼馴染がわらって、言った。

「ほら、鳴いた」

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