「じゃあ、夏祭り、行こう」
「やだよ」
夏休みを迎えて数日。たまたま出くわした津島に、彼女と別れたという話をした直後のことだ。
即座に断りを入れた尾浦に、津島が意味がわからないというような声をあげる。
「なんで!?」
「なんでって……むしろよくこのタイミングで誘えたな」
「別れたからだろぉ」
彼女持ち誘って断られたら死にたくなる、という津島は確かに去年も同じようなことを言っていた気がする。
「それにしたって、第一声がそれはないだろ」
「だって、どうせ『やっぱり友達に戻ろっか』だろ? で、連絡は変わらず。お前毎回そうだもん」
今回はどっちから? と続けた津島は尾浦の交際事情をよく理解している。
「……向こうから」
「ほほーん、高二だしな、元カノは遊びたいと見た。ジッシツ的にラストサマーってやつだ」
「……」
津島の言うとおり、別れた元彼女との仲は変わらず、別れた理由は『夏休みだし』だ。別れて数日経つが、元彼女からはいまだに気が向けば連絡が来るし、それは尾浦も同じ。
付き合っているころと変わらない交友はまさに『毎回そう』で、尾浦の破局は毎回がいわゆる円満破局だ。
今回のような理由だとか、いつぞやのような他に好きなやつが出来ただとか、どんな理由であれ尾浦は別れを受け入れるし、相手も同じく。気が済んだ相手に一方的に追い縋ることはない。そういう"ノリ"だから。
そういうスタンスの尾浦と付き合い続けて、同意はできないにしろそういうものとして受け止めてくれているのだろう。津島の様子は面白がる、といった風で、そこに非難の色はない。
しかしいくら気心が知れてるといっても、何もかも見透かされているのは面白くないものだ。「いやまあ、そうですけど? 祭りも行けますけど?」軽薄と責められないだけ、ましだとは思うが。
「お前部活の奴らとは行かねーの?」
「部活では初日にいく」
「二日連続かよ」
「や、最終日も行くから三日とも」
そういえば津島は根っからのお祭り男だった。なんだかんだで毎年行っている祭りだが、それもだいたい津島の発案だったことを思い出す。
「それはまた、精が出るな」
「そりゃラストサマーですから? 遊ばないと!」
「人の傷を抉るな」
あと津島のそれは毎年だ。
何はともあれ津島と祭りに行くことが決まって、その日の夜には河内の参加も決まっていた。お祭り男恐るべし。
「で、結局男三人かー」
「昨日は?」
「男九人」
「マシじゃん」
「男女比は変わらずだけどな」
「そういうことですぅ」
毎年開かれる夏祭りは三日間続く。その二日目は夜ということもあってか賑やかだった。
初日よりは空いてるかと津島に聞けば、「昨日より多いかも」と返ってくる。
「今日は土曜だしな」
河内の指摘で、曜日感覚を失っていたことに気が付く。
「それだ。土曜なら混むわな」
「明日も混むだろうなー、最終日だし」
「昨日は初日だし?」
「逆にいつ空くんだよ」
「大盛況ってことじゃね?」
尾浦と津島のかけ合いに、河内が白い目を向ける。
「あらやだ、コーチが馬鹿を見る目をしてる」「マジだ。でもほら、馬鹿な子ほど可愛いって言うし。つまり俺ら愛されてんだよ」「やったぜ」「お前ら浮かれてるのか? いつもの二割増しで馬鹿に見える」「逆では? コーチが賢くなったのでは? さっそく夏期講習の成果じゃん?」「やったなコーチ」「絶対違うしうるさい」
まだ夏休みの半分も過ぎていないのに、いつものやりとりを随分懐かしく感じて、これはたしかに浮かれているのかもしれない、と納得する。なんだかんだ言って、尾浦も祭りは好きなのだ。
人混みに押されるまま屋台のある通りに出て、津島がひときわ大きな声を上げる。
「俺焼きそば食べたい、焼きそば」
「俺もとりあえず腹にたまるもん食いたい。昨日は何食ったの?」
「オムそばとー、」
「……それはだいたい焼きそばじゃ」
「違いますー!別物ですう!」
その後も色々食べたから万が一同じでもセーフ、と津島が主張する。その色々のひとつに挙げられた広島焼きもおよそ焼きそばでは、と口にはしないまでも心の中で突っ込みを入れる。尾浦もそれらは好きだし、財布と気分次第では今夜それら全部を食べる可能性はある。育ち盛りの胃は無限大なのだ。
正直に「広島焼きも焼きそばじゃないか」というようなことを口にした河内と反論する津島のやりとりを聞き流しながら、進んでいる気がしない人混みの中から立ち並ぶ屋台に目を向ける。わたあめにクレープ、ヨーヨー掬い。少し先に焼きそばの屋台は見つけたが、あいにく道の反対側だ。人の流れを縫ってあちら側に行くか、このまま進んだ先に期待するか。「あ、」「どした?」津島と河内が尾浦を見る。
「あれ、山尾たちじゃね」
「え、マジ? どこどこ」
「反対側の焼きそばのあたり。浴衣の二人組」
「よし、見えん」
「俺もちらっと見えた気しただけだから気のせいかも」
「コーチ固まるの早い早い」
「……」
「しかし尾浦よく見えたな」
「偶然だよ、俺ももう見えない」
「まあ反対側ならすれ違うし、焼きそばも近いから見つけたらついでに向こう側行こうぜ」「おっけ。だって、コーチ」
「……いちいち言わなくても聞いてる」
「コーチ聞こえてても届いてるか微妙だからなー、山尾話題」
「それな」
「後期はもうちょっと話せるといいな」
「そうだ、頑張れコーチ」
「夏期講習の成果出してこうぜ」
「いつまで引きずるんだ、そのネタ」
河内が呆れた顔をする。どうやら緊張は解けたらしい。尾浦を肘で突いて、津島が得意げな顔をした。
そんなやりとりをしているうちに、道の反対側からよく通る声が聞こえた。
「わ、ほんとに尾浦たちいるし」