「俺、お前のこと好きかも」
「そんな曖昧なもん持ってこられても」
「それもそうだな」

 いや引き下がるのかよ、と思いはするが何も言わない。藪をつついて蛇を出すような真似はごめんだ。
 放課後の図書室。突然の告白。しかし残念、ここは男子校だ。でかい図体とは裏腹、無垢な子供みたいな素直さで引き下がった男、彼は高校からの友人だった。知り合ってしばらく経つが、なかなか変わった奴だと思う。突然こうして同性の友人に告白紛いの文句を言ってくるところだとか。

「読書の邪魔してごめんな」

 謝るべきはそこじゃないだろ、と思いながら、適当に手を振って怒っていないことを示す。「おう、気にすんな」本から目を離さないのは許してほしい。いつものことなので、相手も気にする様子はないようだった。

「じゃあ、今日は帰るわ」
「バイト?」
「いんや、部活」
「おー、がんばれ。ていうかなんで部活前にわざわざ来たんだよ」
「どうも。いや、思いついたから言わなきゃと思って」

 何事もなかったかのように会話はいつも通りに戻って、「じゃあな」と出ていく奴を見送る。だから、そこでその話は終わったはずだった。

×××

「好きだ」
「確定しやがった」
「一晩寝ずに考えてきた」
「どう考えても睡眠不足。正常な判断能力が失われている」

 しっかりしろ期待のルーキー。俺の言葉に、昨日に引き続き爆弾を投下した男が目を瞬かせる。ひとつ、ふたつ。その反応に俺も少し身構える。「たしかに」いや納得するんかい。

「じゃあ今晩はちゃんと寝る。実際今日一日中キツかったし」
 そして素直か。口に出さないまま、心の中でツッコミを入れる。

「そうしろそうしろ」
「そんで、明日になっても同じ結論だったら、そういうことだから」
「お、おう?」

 じゃあ今日は帰って寝るわ、と言って奴は図書室を出ていった。いや自由すぎるだろ。

×××

 次の日もそいつは図書室にやってきた。俺が放課後図書室にいるのはいつものことだが、三日連続で彼が顔を出す、ということは珍しかった。今日も今日とて一人読書に励む俺に比べ、部活に精を出すこいつは基本的に多忙なのだ。

「寝たけど変わらなかったから来た」
「お、おう」
「でもまだ返事はいいや」

「その気になったら返事くれよ。それ以外の返事は要らない」

 勝手かよ。そんなツッコミを呑み込んで、代わりに紡いだ言葉は震えてはいなかっただろうか。「わかった」いや、わかったってなんだよ。馬鹿じゃねえの、俺。

×××

 我儘だか譲歩だかわからない提案のおかげで、その後の俺たちに特に変わりはなかった。どうやら俺が良いと言うまで、本当に友達でいてくれる気らしい。余裕なのか、実際のところ俺の答えなんてどうでもいいのか。あいかわらずなにを考えているのかわからない。変わり者。けどそれは俺にとってありがたい話だった。

「好きだ」

 変わったことがあるとすれば、このやりとりだけ。昼休みの図書室だとか、最終下校時刻まで図書室にいた俺と、部活上がりのそいつが一緒になった帰り道だとか。たまにある二人きりのときの、さらに時々に、好意を口にする。飽きずに繰り返されるそれに、俺も毎回同じ言葉を返す。

「どうも。俺も好きだぜ。友達としてだけど」
「おう」

 「やっぱまだかー」と笑うその様子は、明日の天気や部活、クラスメイトの話をするときと何も変わらない。だから俺はずっとその言葉の真意を測りかねている。

「お前、何考えてんの」
「え、お前のこと?」

 そういう歯の浮く台詞は女子に言ってやれよ。思い浮かんだ言葉はあんまりに酷い気がして、一瞬反応が遅れる。代わりに出たのはどうってことのないものだった。

「あ、そう」
「なに、照れてる?」
「呆れてる」
「残念」

×××

「恋は熱病らしいけど」

 その日、先に口を開いたのは俺だった。
 はじめて告白のようなものをされてから数ヶ月、俺はなんとなく、あれが来るぞ、という予感めいたものを感じられるようになっていた。だから、俺の言葉は、友人のいつもの告白紛いをこれ以上ないタイミングで遮ったはずだった。

 案の定、出鼻を挫かれたことに驚いたのだろう、そいつは目を丸くした。ふたつの瞬きは驚いたときの癖で、驚いてやんの、と思いながら俺は黙ってその顔を見る。俺の視線を受けて、すぐに言葉の意図を理解したらしい。運動部所属で時間もないだろうに、こいつは意外と読書家なのだ。

「だから消えるって?」
「さあ」
「ひっでー」

 そういって笑うそいつはやっぱりいつも通りだった。気にしていないのかなんなのか、いつもこうして俺の悪意は笑って許される。許されてしまう。
 そのことに甘えて、俺は繰り返される愛の言葉らしきそれを無碍にする。毎回。

 俺が返事をしなかったから、そこで会話が途切れた。だから、今日の"そういう話"はそれで終わりのはずだった。

「明日のさ、」
 英語の課題どこまでだっけ。続けようとした俺の言葉を遮るように、声が上がった。「でも、まあ」

「希望はいくらでもあるから」
 そこで一旦言葉を区切って、そいつが俺を見る。ちょうど先ほどまで俺がしていたように。真っ直ぐな瞳。それが俺を射抜く。だから、と言葉は続いた。


「俺はいつ生まれてもらっても構わないぜ」


 やられた、とすぐに思った。向こうもそれがわかったのだろう、してやったり、という顔をする。

「……どこで仕入れてくるんだ、そういうの」
 悔し紛れに絞り出した言葉に、そいつは笑みを深めてみせた。
「やっぱ通じんだ? さすがだな」
「それはこっちの台詞」

 ああくそ、と頭を掻く。
「やっぱお前と話すの、すげえ楽しいわ」
「知ってた」
「うわ、何お前、強気」
「そりゃあ、ねえ?」
「は?」

 先ほどまでとは打って変わったにやにや笑いが俺を見る。身長差なんてほぼないのに、見下ろされているように感じるのは突然のにやにや笑いのせいだ。見下されているような気さえする。「その顔ムカつく」不満を隠しもしない俺の言葉にも、返されるのはにやけ笑いで、どうやらこいつは本当にご満悦らしい。

「だって、お前からそういう話振ってきたの、はじめてだし」

 先の出鼻を挫いたときの話をしているらしい。そうだっただろうか、と俺は首を捻る。

「そうかぁ?」
「そうだって。そんで今の会話! これはもう一押しと見たね」

 それほどまでに今の一連の出来事は気分が良いものだったらしい。そいつは一人で上機嫌だった。なんて返したらいいかわからなくて、俺は黙ってその横を歩く。

 ちょうど、そこでいつもの分かれ道に差し掛かる。「お、もう着いた。残念」ちっとも残念そうに聞こえない声だった。上機嫌のまま、いつも通りに片手を上げる。俺はまたそのいつも通りに甘えて、同じようにポーズを返した。「おう、じゃあまた」「おう!」

 鼻唄を歌いかねない様子で歩いていくその背を、なんとなく立ち止まって見送る。俺を好きだと言う癖に、その背が振り向いたことは一度もない。だから。
 すると、不意にその背が振り返った。俺が振り返られるとは思っていなかったように、向こうも俺が見ているとは思わなかったのだろう。そいつは少し驚いた顔をして、それから笑った。穏やかな顔で。

「なあ」
「……なんだよ」
 前言撤回、と声は続いた。
 

「返事、やっぱ今聞いてもいい?」






「恋は熱病のようなもので、意志とはまったく無間係に生まれては、消える。」
「恋が生まれるには、ごくわずかの希望があればよい。」
スタンダール/白井浩司訳 『恋愛論』

「#寸止め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -