゜○*。゜○。.*○゜.
(土産物屋。みんなで海に来たらしい。お土産を選ぶ"わたし"に一人の少女が話しかけてくる。)
「なに見てんの」
「お土産。ーーくん、今日は留守番でしょう?」
("わたし"の口から出た名前に、少女は顔を歪めてみせた。)
「留守番じゃなくて欠席。あいつが来ないって言ったんじゃない」
「でも、お土産くらいはいいでしょう。これとかどうだろう、おしゃれじゃない?」
(そういって、"わたし"はシルバーに水色の石がついたブレスレットを少女に見せる。)
「しかも消え物じゃないとか」
「消え物なら記念にならないもん。駄目かなあ」
「いいんじゃないの。どうでも」
(「突き返されても知らないわよ」と続けた彼女が"わたし"を案じているだけだということを、"わたし"はよく知っている。だから笑ってこう返した。)
「じゃあこれにしよう。それで、突き返されたら、わたしが使っちゃおう。これなら男女どっちでも平気だもんね」
「あ、そ。ほら、さっさといくわよ」
(そういって彼女が"わたし"の腕を引く。家に帰ろう、と"わたし"も思う。"わたし"たちの帰るところ。"わたし"たちの家に。)
゜○*。゜○。.*○゜.
("わたし"たちは共同生活を送っているようだった。"わたし"は件のーーくんの部屋にいた。満面の笑みを浮かべた"わたし"と、顰め面の彼。"わたし"が机に置いたブレスレットを、彼は怪訝そうに見ていた。長い沈黙。ーーくんが口を開く。)
「…………なんだ、これは」
「お土産。ーーくん、来れなかったでしょう?」
「行かなかったんだ」
(簡潔な訂正。最近やってきた彼は、共同生活の中でも必要以上に人と関わることをしなかった。"わたし"はそんな彼を気にかけていたらしい。例えば今のように、彼の個室に押し掛ける、といった形で。)
「どっちでもいいけど、とにかく、そのお土産」
「頼んでない」
「わたしが勝手に買ってきたの」
(少しの押し問答。それからまた無言。彼が溜息を吐く。あまりに押し付けがましかっただろうか、と今更"わたし"は思う。)
「ごめん、無理に押し付ける気はないんだ。要らないなら、全然受けとらなくて」
(「いいから」と続ける前に、ーーくんが口を開いた。)
「……今回だけだからな」
「え、」
「受け取るのは、今回だけだ」
(怒っているのか呆れているのかわからない、不思議な表情だった。「次からは余計な気を回さなくていい」と彼が続ける。)
「あの、無理して受け取ってくれなくても」
「二度も言わせるな」
(机上のブレスレットを乱雑に取って、とうとう彼が"わたし"に背を向ける。照れているのだ、と気付く。嬉しかった。お節介の自覚は、ずっとあったから。うれしくて、自分の頬が緩むのがわかる。)
「次はーーくんも一緒に行こうね」
「は?」
「じゃないと、またお土産買ってきちゃうかも」
「言ってろ」
(素っ気ない返事。"わたし"が遊んでいるのがわかるのだろう、彼は振り向きもしなかった。けれど、二人の間にある空気は柔らかいもので、"わたし"ははじめて、彼に受け入れられた気がした。)
「笑うな」
「笑ってないよ」
(視点が移る。二人がいる部屋の外。少女の笑い声と少年の怒ったような声が聞こえる廊下。そこに、二人より少し年上に見えるくらいの青年が立っている。)
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(最近来た彼にこの辺りを案内する役目を仰せつかった"おれ"は、彼と商店街を歩いていた。隣を歩く少年はあいかわらずの愛想なしだ。それでも。長袖に隠れた手首、そこから覗く銀色。『それ』が彼に起きた変化であることを、"おれ"はよく知っていた。たぶん彼自身、そして、ここにはいない彼女よりも。)
「どうした?」
(時折質問を口にしながら、黙って隣を歩いていた彼、ーーが突然足を止める。アクセサリーショップの前。彼がそういったものに気を惹かれるとは意外だった。そう思いながら、一緒になってウィンドウディスプレイを覗き込む。そしてすぐに理解した。彼が何を見ているのかも、何を考えているのかも。)
「ネックレス?」
「!!」
(それは、シルバーを基調に水色の石があしらわれたネックレスだった。なに、おまえ、そういうタイプだったの。思わず笑ってしまいそうになる。それなのに、"おれ"はそうはしなかった。できなかった。一方、言い当てられたことに驚いたのだろう、彼が弾かれたようにして俺を見る。その視線に気がつかないふりをして、続ける。)
「そのブレスレットに似てるもんな。そういうの、好きなんだ?」
「……別に、見ていただけだ」
(愛想なしの彼は、存外嘘が下手だ。口にしないでそう思う。知っていた。彼の手首を彩るそれが、彼の選んだものではないこと。それを送った彼女のこと。彼が今考えていること。知ってる。知ってる。知っている。)
「店入る?」
「いい」
(だろうな、と"おれ"は思う。彼がこれを買うなら、自分ひとりのときだ。ああ、だからこそ、その場面に居合わせて、指をさして笑ってやりたい。ぎこちなくそれを手に取って、慣れない店で「プレゼント用で」と口にする彼を! それができたらどれだけ良かっただろう、と"おれ"は思う。"おれ"は、愛想なしの彼をことのほか気に入っているのだ。)
「いいの? じゃあ行きますか。次は郵便局なー」
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(一通りの街案内が終わり、"おれ"は彼を連れて家に帰る。出迎えたのは彼女だった。)
「ふたりとも、おかえりー」
「ただいま」
「……ああ」
「ってあれ、××さん?」
「おれ、用事あるからまた一旦出かけんね。夕飯も帰ってからでいいや」
「わかったー、いってらっしゃい」
(彼女がひらひらと手を振る。我関せず、といった様子で靴を脱いでいる彼に近付いて、"おれ"は囁く。)
「うん、さっきのあれ、やっぱり似合うと思うよ」
「なっ……!?」
「××さん? ーーくん?」
「なんでもないよ、男同士の話です。じゃ、行ってきます」
(言い当てられたことに絶句した彼と、不思議そうに首をかしげる彼女。並ぶ二人はお似合いだった。手を振って、"おれ"はまた家を出る。)
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「すみません、表に出てるネックレス、そう、シルバーにアクアマリンの石がついた。あれ、全部ください。陳列してない在庫も、全部」
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(その日、"わたし"は買い出しのために、××さんと二人で街を歩いていた。二人だけで出かけるのは久々だった。歩きながら、色々な話をした。学校のこと、バイトのこと、それから"わたし"たちの家のこと。彼はここの一番の古株で、ここに住むようになったころ、"わたし"を一番気にかけてくれたのが彼だ。だから、"わたし"は彼を兄のように慕っていた。)
「そうだ、ーーくん」
「……うん?」
「××さんとーーくん、仲良しですよね。うらやましいです。でも、最近はわたしにも自分から話をしてくれるようになったんですよ」
「………………」
「……××さん?」
(○○ちゃん、と"わたし"の名前を呼ばれる。振り返るよりも早く腕を引かれ、気付けば"わたし"は壁に押し付けられていた。「どうしたんですか」と問う前に、どこか泣きそうな顔をした××さんが、もう一度"わたし"を呼ぶ。○○ちゃん。)
「ごめんね」
(彼の、××さんの顔が近付く。コマ送りのようにゆっくりと感じられるのに、"わたし"は動けない。彼の手は震えていた。謝罪の声も。彼の向こうに、雲ひとつない青い空が見える。口付けられたのだと理解したと同時に、暗転。)
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(同日同時刻。アクセサリーショップ。)
「お探しものですか?」
「……これ」
「こちらのネックレス、とても人気なんですよ。先日も一人ですべて購入したお客様がいらっしゃったくらいで、慌てて再入荷の発注をかけて、やっと今日届いたんです」
「今日……」
「はい。ですのでお客様、ナイスタイミングですね。こちらだけでよろしいでしょうか?」
「ああ。……あと、プレゼント用、で」
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(いつかの、誰かの部屋。机の引き出しに、乱雑に袋が押し込まれている。包装さえされていない同じネックレスが、いくつも入った袋。)
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