春休みのショッピングモールは人でごった返していて、その中で見知った背中を見つけたのは偶然だった。美人は後ろ姿でも際立つものなのだ、と今更ながらに驚きながら、それを表に出さずに近付いて、平均的な女子より少し高いところにある肩を掴んだ。

「やっと見つけた!はぐれんなっつったろ?」

 突然肩に乗せられた手をなかば反射で叩き落とそうとしていた瀬戸原が、すんでのところで固まる。おれだとわかったから、というよりは、おれの意図を察したのだろう。
 そして突然の闖入者に固まったのは、瀬戸原に話しかけていたらしい二人の男も同じだった。そちらに目を向けてから、瀬戸原に声をかける。

「瀬戸原、知り合い?」
「…………知り合いじゃない」
「え、じゃあなにか用事とか?」

 そう言いながら、返答を窺うようにして男たちを見る。空気の読めないふりは得意だ。



 モデルがどうの、でもなんでもないだとか、引き止めてごめんねだとか、そのようなことを言って男たちは立ち去った。話の内容は知らないが、どうやらスカウトの体をとった声かけだったらしい。人が行き交う通路の片隅におれと瀬戸原だけが残される。最初肩に乗せた手はとうに下ろしている。先に口を開いたのは瀬戸原だった。苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「……どうもありがとう」
「別にいいけど、全然ありがたさ伝わってこないな」

 癪です、を前面に押し出している声と表情に思わず笑ってしまう。大方おれに助け船を出されたことが悔しいのだろう。瀬戸原は人に借りを作るのを極端に嫌がる。それでもお礼は言わないと気が済まないらしいあたりが律儀で、不快を感じるよりも先に笑ってしまうのはそういうところがあるからだ。笑ったおれを、もともとナンパまがいに遭って気が立っている瀬戸原が睨みつける。

「なに」
「いや、ああいう古典的なナンパとかあんのなーと」
「馬鹿にしてる?」
「してないって」

 否定しながらひらひらと手を振る。そう話しているうちにも視線はいくつか感じるくらいで、近頃だいぶ見慣れていた彼女、瀬戸原美利河の容姿の良さを改めて実感した。

「ていうか珍しいね、一人で歩いてんの」
 こういうことがあるからと、彼女は一人で人混みを出歩くことを避けていたはずだ。しかし、今日は防壁代わりの男はおろか、彼女唯一の同性の友人の姿もない。そんな疑問はすぐに解消した。

「パ……家族ときた。二人は今映画行ってるけど、私は碧と見たやつだったから」
「パパとママとね。夫婦水入らずを提供したわけだ」

 道理で。言いかけた言葉をわざわざ拾われて肩をどついてくる瀬戸原を軽く流しながら、会話を続ける。

「親との合流何時?」
「3時半」
「じゃああと一時間くらいか」
「それがなに」
「や、おれ今暇なんだよね。だから着いていっていい?」

 おれの言葉に瀬戸原はそれはそれは嫌な顔をした。「なん、」口を開きかけた瀬戸原を遮って続ける。「それに、ほら」

「人避けくらいにはなると思うし」

 おそらく否と口にしようとしていたであろう瀬戸原が、ぐ、と息を呑む。そして、おれを連れ歩くこととその他の面倒を比較したらしい。苦渋の決断だったのだろう。苦々しいを通り越して、憎々しげな表情の瀬戸原が口を開く。

「……荷物持ちもしてよね」
「おっけ、任せろ」



 瀬戸原の最初の目的地は雑貨屋だった。

「服とか見るのかと思った」
「あとでそれも行く」
「りょ」
「でも買うものは決まってるから、そんなに長く待たせないと思う」

 服なんか連れていかれたってあんたも暇でしょう、と言いながら瀬戸原が間抜けな顔をしたパンダの置物を棚に戻す。選ばれたのは左手に残ったシロクマだったらしい。ぼんやりとそれを見ながら、はて、と考える。

「もしかして、おれ着いてきたせいで気遣わせてる?」

 もしかして服もじっくり見たいんじゃないだろうか。女子の買い物は長いイメージがある。しかし、パンダの代わりに三毛猫を手に取ってさらなる吟味をしていた瀬戸原は、その言葉に鼻で笑った。

「まさか」
「そっすか」

 三毛猫が棚に戻される。勝者シロクマ。手乗りサイズのシロクマが、心なしか先ほどの瀬戸原同様おれを小馬鹿にしているように見える。

「……それ絶妙にムカつく顔してんな」
「そう?かわいいと思うけど」
「出た、女子の"かわいい"。わからん」
「感性の違いじゃない? 三木はかわいいって言ってたよ」
「いーや、あいつは絶対適当に話合わせただけだね」
「たしかにそういうところあるけど」

 言いながら、少し考えて瀬戸原が一度戻した三毛猫を手に取る。

「それも買うの?」
「うん。じゃあ会計してくる」
「おー」



「荷物持つっていったのに」
「は? 私があんたに荷物持たせてるところ、学校の人に見られたらどうしてくれんの」

 それにこれくらい自分で持てる。と言う瀬戸原は3つ4つの袋を提げていて、つまりはじめからおれに荷物持ちをさせる気なんてなかったらしい。偽悪的というかなんというか。はじめといい今といい瀬戸原らしい。甘えるのが下手で、物言いもつっけんどん。そういう可愛くない性格をしているのが瀬戸原で、瀬戸原の可愛くないところが可愛い、というのは多分言ったら怒られるんだけど。
 携帯を確認すると、おおよそ良い時間になっていた。

「ぼちぼち合流?」
「うん。映画終わったって」

 七階にある映画館まで行くのかと聞けば、両親の方が三階のここまで降りて来るという。「それならおれはもう行くかな」この階は並んでいる店柄か、人も地下ほどは多くはないし、いくら瀬戸原でもまさか五分十分でまた絡まれるということもないだろう。それに、彼女の親と出くわすのは普通に気まずい。
 そう考えて、じゃあまた、と声をかける。しかし、エスカレーターがある方へと歩きかけたところで、思いがけず呼び止められた。

「……ねえ」
「ん?」
「あげる」

 そう言って差し出されたのは小さな袋で、「あんた、誕生日でしょう」と続けられた言葉に耳を疑った。硬直するおれを前に瀬戸原が眉を顰める。

「受け取りなさいよ」
「……知ってたの?」
「あんたが前言ったんじゃない」
「言ったかもだけど、普通覚えられてると思わないって」

 意味もなく食い下がるおれに、瀬戸原が今日一番の不機嫌な顔をして見せた。

「ああそう、普通じゃなくて悪かったわね」
「そういう意味じゃないけど、」
「あんたと違って、私友達が少ないの」

 知ってるでしょうそれくらい。だからたまたま覚えてただけよ。それで今日会ってたまたま思い出しただけ。
 聞いたわけでもないのに、一通りの言い訳をしてみせた瀬戸原が、黙り続けてるおれを見る。

「……何、その顔」
「や、今、友達って言ったから」
「!!」

 そういう意味じゃない!と声を荒げながら、瀬戸原がおれに袋を押し付ける。

「あんたが友達なんじゃなくて! 話すような友達がいないから!あんたと違って忘れないってだけ!!」
「え、ちょ、痛い、わかってるって」
「わかってるならなんで変なこというのよ!!」

 顔を赤くさせた瀬戸原が、「もういい!もう行くから!!!」と背を向ける。「ちょ、親は?」「迎えに行く!」そのまま早足で歩き始めて、エスカレーター前で急に立ち止まった。

「瀬戸原?」
「…………今日、ありがと」
「え」
「助かった。買い物、落ち着いてできたし。悪かったわね、付き合わせて」


――――それと、誕生日、おめでとう。


 そう言うやいなや、瀬戸原が上りのエスカレーターを駆け上がった。
「え、ちょ、」
 『ちょっと待て』『エスカレーターで走るなバカ』『プレゼントとか受け取れない』『今のもっかい』浮かぶ言葉はどれ一つ声にならなくて、それどころかなにを言いたいのかさえわからない。それでも駆け上がる瀬戸原を衝動的に追いかけようとして、しかし、ちょうど下から上がってきた人の列に阻まれる。狙ったのか偶然なのか、なんであれ神懸かり的なタイミングの良さで。

 そうしてその場には、立ち尽くすおれとその手に揺れる小さな袋が残された。



 馬鹿に律儀。可愛くないところが可愛い。見事に最後のその両方を見せつけて遁走した瀬戸原からはそのあとすぐに連絡が来た。珍しいことに。

〈ちゃんと合流した。今日はありがと。最後の阿呆面笑える〉

 報告とお礼と煽りだった。どれか一つにしろ。
 元々携帯をそれほど見ない彼女のことだ、親と合流したのならまたしばらく携帯はお役御免になるだろう。そう思いながら、一応返事を送る。

〈それは良かった。
お気になさらず。
あとエスカレーターは走るな馬鹿〉

 それからもう一つ。

〈こちらこそありがとう〉

 打ち込んだそれを送信して、左手で揺れる袋に目を向ける。面と向かった『おめでとう』を素直に受け取ったのは久々かもしれない。受け取る受け取らない以前に、言い逃げされたのも初めてだが。

 予定はどうせ遅刻なのだ。もう十分二十分遅刻したって変わらないだろう。そう考えて近くにあったベンチに座る。
 瀬戸原から受け取った袋の中、紙袋を取り出して開ける。出てきたのは。

「……たしかにかわいく見えなくもない」
 どう見てもいまいちかわいくないところとかが、特に。

 そうだろうとでもいうように、手のひらの上の三毛猫はどこかふてぶてしい表情を浮かべていた。

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