奇妙な関係は、続いていた。
図書室に、行く。先輩がいる。
私は本を読む、先輩も本を読む。誰もいないとき、言葉を交わす。
図書室の奥の薄暗い席は先輩の指定席で、いつしかその正面が私の席になっていた。
先輩後輩、という繋がりでも、ましてや友人でもない、よくわからない関係。
私は先輩の名字に、彼が光ることしか知らないし、先輩に至っては私の名字しか知らないだろう。あと、学年だろうか。
先輩とは本の話やその日の出来事は話したが、自分たちのことはほとんど何も話さなかったのだ。
それでも不思議と気まずくはなかったし、話題に窮すればまた本を読めばいいだけだったから、気楽だった。

その日も、先輩は図書室にいた。私は面談があったので、その日はすでに空が暗くなっていた。
私の気配に気づいて、先輩が顔を上げる。
「やぁ、よく会うね」
「こんにちは。はい、いままで会わなかったのが不思議なくらい」
「そうだね、確かに不思議だ」
そういって、先輩が少し考え込む。
「そういえば、俺、夏はあんまり来なかったかもしれない」
「そうなんですか」
「うん、だから、不思議じゃないのかも」
「あ、私、図書室に通い出したの、夏からです」
「そうなの?」
「はい」

じゃあ会わないわけだ、と先輩は息を吐いた。
「でも、」また唐突に口を開く。
「でも今は、よく来るよね」
「まあ、はい」
「どうして?」

そんなこと、問われても。
図書室に通いだした理由なんて、明確にあるようなものじゃないだろうに。
なんなんだろう、この人は。禅問答でもしたいのだろうか。
そんな私の考えを知らずか、あえて無視しているのか、先輩は答えを促すように笑った。
ようやく私も口を開く。

「…友人が、」「うん」「友人が、学校を休むようになりまして」
暇だというから、本を差し入れに。
そういえば先輩はとても微妙な顔をした。「へえ、」
「なんですか、その反応」
「だってさー」
「じゃあそういう先輩はどうなんですか」
「俺?…俺はねえ」 そういって先輩は私を見つめた。
一秒、二秒。視線が合って、先輩が微笑む。
先輩の輪郭は、光で淡く溶けていた。

「君に、会いたくて」

「…」
「ここに来たら、会えるかな。話せたらいいな、って。そう思って、来てるよ」
そういって先輩は、柔らかく、あまやかに微笑んだ。

私は言葉を発さない。先輩も、同じく。沈黙が二人の間に下る。
また一秒、二秒。
「先輩」
「ん?」
「私をひっかけても、何もないですよ」
「…なんだぁ」 つまらないの、そう呟いた先輩は、やっぱり笑っていた。
きれいな人だという印象は変わらないけど、それだけではない。
ぼんやりと光るくせに、光で溶ける先輩の輪郭は、けして丸くはない。

「先輩、性格悪いですよね」「そこが魅力だろ」「…」
あからさまに顔をしかめた私をみて、先輩はまた笑った。
いつもの完成されたものとは違う、楽しそうな笑み。いうならば、年相応な。
珍しい。目を惹かれて先輩を見ていると、ぶわ、と先輩の光が強まった気がした。
気のせい、だろうか。

笑いを収めた先輩が、窓の外を見る。
空は暗かった。暗くなった外を背景に、また光が強まる。


ゆら、ゆらり。灯火、光を増す

「ねえ、一緒に帰ろうか」



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -