「納得いかない」

 千葉瑞樹の声はよく通る。
「瑞樹、声大きい」
 山尾幸が千葉をたしなめているのを聞きながら、その通りだ、と尾浦も内心頷いた。いつかもそんなやりとりがあったし、その時も尾浦は千葉の声に意識を持っていかれたのだ。

「だって」
 女子はいくつになっても恋バナが好きだな、と思う。小学生のころから進歩していないとさえ言えるだろう。男子なんて追いかける対象がカブトムシから野球のボールや女の尻になるくらいには圧倒的な成長を遂げている。なにやらかえって低俗なものに落ちた気がしなくもないが。ちなみにこれはどちらも津島のことだ。
 だって、の続きは山尾の彼氏のことだった。

「せっかく部活が休みになったのに」
「ごめんね」
 大方部活が急遽休みになった千葉は山尾と帰りたいと考えたのだろう。しかし山尾には先約があり、それが彼氏だという話らしい。

「いいんだけど、いいんだけどー……」
「けど?」
「先輩、絶対幸のこと考えてない」

 幸は私といる方楽しいのに!と荒れる様子は随分勝手にも思えるが、それは一概に的外れというわけないようだ。否定はしないまま、山尾が申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんね、瑞樹」
 その声に千葉もしおしおと大人しくなった。
「先に約束してたんだもん。当然だよ。わたしも怒ってごめんね」
「ううん」
「でも、やなことあったら絶対言うんだよ」
「うん、ありがとう」


 交際を押しでもぎ取ったらしい"山尾の彼氏"は日に日にその存在感を増していた。毎日千葉と山尾を含めた数人の女子で食べていた昼も、今では半分近くが山尾抜きで開催されている。先輩と約束がある、というのがその理由で、本来ならばここで一悶着起きそうな話ではあるが、いつも申し訳なさそうにそれを言い出す山尾がその逢瀬を喜ばしくは思っていないということは明らかで、結果後回しにされることになる女子も山尾に同情的だった。

「幸虐められてないかな」
「先輩相手だから、絶対嫌でも嫌って言えないじゃん」

 山尾幸の性格についての認識は友人間では一致しているらしい。押し切られた、という交際の経緯も尾を引いているのだろう。山尾の交際の話はいつも山尾を心配する流れになっていた。
 山尾はそれほど口数が多いわけでもないが、それでもグループのムードメーカーのような役割を担っていたらしい。山尾不在の会話はどこか明るさを欠いている。

 先日の席替えで、尾浦は千葉と隣の席になっていた。つまり、ただでさえよく通る千葉の声がさらによく聞こえる。意識しなくても。

「コーチ」
 購買で買ったパンをかじりながら、箸が止まっていた友人に声をかける。「耳ダンボ」河内が箸を落とした。
「……」
「うわ河内どうしたの」
 音に反応して隣の千葉が声を上げた。河内の代わりに、尾浦が笑いながら返す。
「や、なんか電池切れてたっぽい。話しかけたら再起動した」
 箸を拾い終えた河内が低い声をあげる。
「……俺はアンドロイドか」
「やっば、ロボットじゃないところに知性を感じるわ」
「それな」
「さすが学年一位」
「関係ないだろ」
 そう返す河内の耳は赤い。よほど失態が恥ずかしかったらしい。素っ気ない河内の返しも気にも留めず、千葉はまた女子の会話に戻っていった。
 千葉とは隣の席になってからまともに話すようになったが、活発で気の強い千葉は話しやすい人物だった。尾浦とはわりと気が合う。その親友である山尾は人の好さが災いして交際を押し切られているのだから、不思議な組み合わせだなと思った。思いはしたが、尾浦たちも似たようなものだとすぐに思い直す。こっちなんて優等生と軽い男、それにスポーツ馬鹿だ。

 隣の女子たちの会話はまた山尾の話に戻っていた。
「幸、大丈夫かなあ」
「瑞樹、そればっか」
 河内の耳は完全にそちらに向いているので、尾浦もそれに倣って黙ってパンを齧る。水曜日なので、津島は野球部のミーティングだ。

「だって、面識もなかったんだよ。それなのに付き合いだした途端週二回はお昼食べるとか、曜日は先輩の都合だし」
「面識がなかったから接点を増やしたいんじゃない?」
「曜日はほら、受験生だから忙しいとか。先輩サッカー部だっけ。それもあるんじゃない?」
「そうだけど、先輩中心なのが腹立つの!」

 だって怪しいじゃん。突然現れて、無理矢理付き合って、幸の時間自分勝手に奪うなんて。そう言って千葉が机に伏せる。弁当をすっと引いて空間を開けたあたり、周りも慣れているらしい。

「……幸が言ってくれたら、代わりに私がいくらでも先輩に怒ってあげるのに」

 ずらした弁当を戻しながら、一人が呆れたように息を吐く。
「あんたほんと幸好きね」
「大好きだよ」
 間髪入れずに千葉が答える。
「だから、先輩が幸のこと、本当に好きならいいんだけど」
「それは安心なんじゃない?」
「頼み込んで付き合って、しかも束縛だよ」
「逆に重いくらいだって」
「……そうかなあ、」

 そうだといいんだけど、という千葉の声は、伏せているせいで少しくぐもって聞こえた。

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