昔、好きになると殺したくなってしまう、とのたまった男がいた。
「死ねよ、ほんと」
「ごめんな」
実家暮らしの大学生に女を連れ込む場所はない。そういう目的ならホテルでもどこでも行けばいいけれど、こいつはそうじゃない。だから渡した合鍵はいつからかそういう使い方をされるようになっていた。
ごめんな、ごめんな。謝るくらいならしなければいいのに、こいつのこれは生理現象だ。俺の気持ちを知ってての「ごめんな」でも、ましてや部屋を汚してごめん、の意味でもない。
「一緒に生きていけなくて、ごめん」「痛い思いさせてごめん」「怖い思いさせてごめん」「おれなんかが好きになって、ごめんな」
俺に謝らない男をただ見ている。男の視線はただ一人、目の前の女だったものに向いていた。
ごめん、ごめんね、ごめんな。耳を埋め尽くす謝罪。もう覚えてしまった声の調子が脳裏をいつも巡っている。ごめん。ごめんな。
昔、好きになると殺したくなってしまう、とのたまった男がいた。
そいつに会って十年経って、俺はまだそいつの友人として生きている。
「合鍵、助かってる。ありがとな」
「死ね」
合鍵を振った男がありがとうと笑う。背を向けて、目を瞑る。
「待ってよ、怒んなって」
『ごめんな』
いつからか、全てにごめんが重なって聞こえるようになった。かぶりを振る。信じる一縷の望みもない、ただの幻聴。自分が一番わかっていた。
俺は一生あいつの謝罪を聞かないのだろう。馬鹿で惨めで愚かで悲惨。
俺はずっと、叶うはずもない恋をしている。