薄く、肉付きの悪い少女の体。会うたびに腹だけが張り出していく。何もかも足りなくて、不要なものだけが満たされていく少女。不釣り合いに膨らんだ腹を撫でて少女は笑う。

「ふふ、大きくなったでしょう」

 依るべきところも金もなく、それでも彼女はどこか自慢気だった。誰からも祝福されない妊娠を誇って見せる。白石珠という女は迷宮だ。猫原深求の人生における理解不能の最たるもの。それが珠だった。

 わたし、お母さんになるのよ。そう笑う少女が母になれるとは到底思えなかった。
 十七歳らしい分別さえ珠には無い。無いから身籠った。彼女に何が起きたのか知らなくても、望んでの妊娠でないことは想像に難くない。原因となった行為が合意の上でない可能性でさえ充分にあった。膨らむ腹の意味を彼女が知っていることさえ意外なくらい、白石珠は子供だったのだ。

 出会った時には高校生だったはずの彼女は三ヶ月後会った時には高校を辞めていた。中退の原因を深求は知らない。学生でなくなった彼女は前にも増して街を出歩いている。白石珠は寝る時しか家に帰らない。白石珠の家庭が機能していないということは想像に難くなかった。

 膨らむ腹を抱えて親と父であるはずの誰かとに見捨てられても、珠は伸びやかに笑っていた。晴れの日はいつもそうだ。

 勤め人である深求が日中珠に会うことは稀で、その稀な機会があるたび深求は珠の世話を焼いた。たとえ仕事の途中でも、病院に連れて行き、適当な店に入り食事を与えた。それは深求にとっては只の義務であり、珠とその胎の子にとっては幸運だった。猫原深求は愛惜や親切とは縁遠い人間だったが、義務と感じたことは果たす性分だった。

 「またね、ミモトさん」そう言って立ち去る珠を何度も見送った。眠るためだけに家に帰る彼女は明日には路地裏で胎の子共々のたれ死んでいるのかもしれなかった。どれほど手をかけたところで、珠のいう「また」の機会、次があるかどうかさえ定かではなかった。

 しかし、その想像が深求の肝を冷やすことはない。

 一度乗りかかった船。それが深求が珠に抱く感情の全てだ。奇妙なことから繋がった縁は切れたのならそれで終わりの話で、目の前に無いものに思いを巡らせることは深求にとって無意味だ。切れた糸を手繰り寄せることも。
 会えば世話を焼く。会わないのなら焼く世話もない。ただそれだけの話。

 人より強い責任感を持って、猫原深求に人の情はない。

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「見えない臓器の名前は」
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