「お前ら、ほんと変わってるよなあ」

 それは感心半分からかい半分の軽口だった。おれの「明日の放課後暇?」に「明日はみゃーこと帰りに本屋に行く予定がある」といつも通りの淡泊さで返した友人への。
 お前ら、というのは彼と彼のいう『みゃーこ』、彼の幼馴染ふたりのことだ。

 このクラスメイトとたまに話すようになって早数ヵ月、彼の、三木千種という男の優先順位というものがわかってきたころだった。
 靴を履き終えた三木が気だるげに振り向く。いつも通りの表情。矢継ぎ早に言葉を続ける。

「だってさ、幼馴染なんだろ。どう見ても付き合ってるようにしか見えないけど、付き合ってないっていうし」
「うんまあ実際付き合ってないし」
「それなのにさ、毎朝一緒に学校来たり、昼もよく二人で食べたり、高校生にもなって家の行き来とか一緒に出掛けたりとか、フツーそんな頻繁にする?」
「……急に、何」

 三木が目を細める。おれの意図を掴みかねているのかもしれなかった。
「急にっていうか、別に気になっただけだけど」
「はあ、なんで?」
「なんでって、普通じゃないだろ」
「……うん、まあ、普通じゃないかもな」

 本人からの同意に、だろ?と言おうとした勢いはすぐに削がれた。
「でもそれってなんか古橋に関係ある?」
 思わず口ごもったのは、その言葉に明確な意図を感じ取ったからだ。拒絶、線引き、そういったもの。

「確かに、俺らは世間一般の幼馴染の距離ではないかもね」
 俺ら以外の幼馴染をまず見たことないんだけど、と続けた三木の声は、先ほど見せた一瞬の強さも失せて、いつも通りの調子だった。

「それで、古橋は『お前らはおかしい』って言いたいわけだ」
「……別にそこまで、」
「じゃあ『変わってる』、『普通じゃない』? 俺は別にどれでもいいけど。おんなじだし」

 三木の言葉はさらに続いた。珍しいことだ、と思うのと同時に、自分がどうやら越えてはいけないラインを踏み越えてしまったらしいと気づく。こういうことは得意なのに、この二人のこととなるとおれはよく線を見誤る。

「古橋ってさ、よく『普通』っていうよね」
「俺はみゃーこほどじゃないから、『世間一般』、『普通』がどういうものなのかはそこそこわかるつもりだけど」
 怒っているのでも、笑っているのでもない声だった。

「古橋もけっこう変わってるよ」
「……」

「俺は誰に言われたって大切なものを大切にする。大切だから。好きな物に手が回らなくなるくらいならどうでもいいものは手放す。それが『普通』とは違くても。
でも、俺が極端だとしても、多かれ少なかれ『普通』、そういうもんだと思うよ」

「でも古橋はさ、大切じゃないものまで掻き集めてるように見える。それか大切じゃないものばかり、全部均等に」
 良い悪いではない。そこには嘲りや理解不能の色もなく、ただ事実を述べているだけ、という淡々とした口調だった。

「そういうとこ、みゃーこに似てんのかなって思ってた」
 あのひとも本当に均等だから。続いた言葉は独り言のようだった。

 あの人。あれだけ親密な存在をいやに遠い呼称で呼ぶ。幼馴染。近すぎる距離感。遠い三人称。ちぐはぐなそれらで繋がるふたりの間にあるものがわからない、と思う。こいつにとって、こいつらにとって、幼馴染って、なんだ?
 直接話したことはない、けれどよく見かける彼の幼馴染の姿を思い出す。特に印象の残らない女子生徒、だったように思う。似てる、とはどういうことなのか。
 三木はというと、ただの比較で出したのだろう。あるいは本当に独り言だったのかもしれない。それ以上幼馴染について言及することはなく、言葉を続ける。

「でも古橋は"違う"から」
 そんで、俺からしたらお前の方が理解できない。と三木は言った。



「大切でも欲しくもないもので、人生埋めるの楽しい?」






 先に口を開いたのは三木だった。
「ごめん。今の完全に八つ当たり」

 おれが勝手に突っかかっていって勝手に自滅しただけなのに、なんかちょっとイライラしてたっぽい、と言ってくれるこいつは本当に良いやつだ。少なくとも、勝手な嫉妬をぶつけたおれなんかより。八つ当たりをしたのはおれだ。
「いや、俺もっていうか、完全におれが先だったし」
「うん」

 そんなことないよ、と返されないことがありがたい。もし言われていたら、気まで遣わせた自分の情けなさに立ち直れなくなっていたことだろう。いや十分情けないんだけど。
 三木はそういうところまで気遣える男だ。それだけではなくて、関わるようになってからわかったことだが、三木千種という男は地味だが、これといった欠点がない。大体のことはそつなくこなす。そして、たぶん、これは予想だけど、その気になれば本当はもっと上手くやれるんだろうとも思う。

「……三木さあ」
「何」
 この前の模試の結果が見えたのは偶然だった。そこそこできると思っていた三木の成績はそこそこなんてもんじゃなくて。
 それから、このあたりだとそれなりの進学校であるうちの高校も、けしてトップではない。
「……やっぱいいや」
「それがいいと思う。古橋たまにデリカシーないからその辺ほんと気を付けて」
「うっす」

「あといろいろ言ってごめん」
「いいよ別に」
 これで本当に水に流してくれてるんだもんなあ、こいつ。つくづく自分が情けなくなる。

「なー三木」
「何」
「おれと猫原さん、どっちが大事?」

 ちょっと驚いたような顔で三木がおれを見る。「古橋彼女かよ」
「あーわかる。ありそう。で、どっち?」
「今日のユキちゃんしつこいんですけど」
「どっちなのよお」

 ふざけてまとわりついたおれに三木がめちゃくちゃ楽しそうに笑う。ちょう珍しい。
 もっと目立てるし、上手く生きていけるはずの男が口を開く。

「当然みゃーこ一択」

 たぶん、こいつにとってはきっとすべてが"このため"なのだ。

「お前ほんとそれふつう許されないからな」
「わかってて聞く古橋が悪い」

 普通普通じゃないを別にして、"それ"は確かにおれにはないもので。
 横にいる友達が眩しいのか怖いのか、わからないまま、おれは目をそらすようにして笑った。

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