「正直どうなの? 猫原さんと」
 クラスの誰がかわいいとか、学年の中で一番美人なのは誰かとか、そういう話の流れだった。男数人で恋バナってどうなのと思わなくもないけど、これが意外と盛り上がるのだから仕方ない。
 その質問を口にしたのは高校からの知り合いだった。見ればその隣に座る古橋もこちらを見ていた。興味津々か。思うに古橋は前々から俺と幼馴染の仲を疑っている節がある。
 逆に中学からの同級生は苦笑いをしていて、俺も笑い返す。そう、こういう風に聞かれるのはけして初めてではない。

「付き合ってないよ。ただの幼馴染」
 これまで何度も口にした台詞。「うそだあ」間抜けな声が上がる。
「お兄さん何か隠してません?」
「隠すならもっとうまく隠すよ、さすがに」
 中学からの同級生が続ける。
「これがマジなんだよ、こいつら」

 話題は完全に俺と幼馴染の話に移行したらしい。面倒だと思う。まあいつかは説明する必要があると思ってはいたけれど。

「いっつも一緒に居るじゃんお前ら」
「まあ」
 登校と、下校。それから週に半分は昼も。後者二つは二人きりではないにしろ、"付き合っていない男女"のわりに接点が多いという自覚は、さすがにある。でもそれがどうしたという話で、三軒隣の幼馴染は、言ってしまえば俺にとってはほぼ日常と同じ意味だった。毎日顔を合わせる家族だとか、朝が来れば日が昇るだとか、そういうような。それが当然だから"そう"なだけで。
「俺とみゃーこは、なんていうか」それを一言で言い表すのなら。

「ただの幼馴染 だよ」

 家族のように当たり前で、もしかしたら恋人のように親密で、それでもそのどちらでもない。
 言ってしまえば、俺とみゃーこは残念ながらただの他人だ。おれにとっての彼女が誰より何より大切であるというだけで。
 そういう存在を表す適切な言葉を俺は知らなかった。から、自分たちで名前を付けた。だから俺たちは"ただの幼馴染"なのだ。
 だから、俺とみゃーこの関係が世間一般の幼馴染の域を超えている、ということなんか言われるまでもなく重々承知している。少なくとも俺は。はじめから言葉の意味が違うのだ。わざわざ説明もしないけど。

「あんだけ一緒に居てそれかよ……」
 つまらん、と続けたクラスメイトはあわよくばからかって楽しもうという魂胆だったらしい。そしてその目論見はご破算となったわけだ。
「どんまい」
「励ますな。なんか虚しくなる」
 何がそんなにショックだったのか、あーだのうーだのうるさいそいつの横で、黙っていた古橋がおずおずと口を開いた。
「……付き合いたいとか思ったことは?」
 隣の男が小さく噴き出す。中学からずっと同じやり取りを聞いてきた彼には耐えかねたらしい。わかる。それくらいお決まりの質問だった。そして俺もお決まりの答えを返す。
「それもよく聞かれるけど、ない」

 ふへえ、と古橋が声を挙げる。
「俺正直ずっと付き合ってると思ってた」
「違うよ」
 どうやら誤解は解けたらしい。いやそもそも古橋には初めから付き合ってないと言っていたはずなんだけど、まあいい。
 正直、誤解されても、俺はどうでもいいのだけれど。みゃーこもそうだ。でもみゃーこを好きで付き合いたいと思う男が俺を理由に諦めることになるのは俺の本意ではない。だからこういう機会があったらなるべく誤解は解くようにしていた。

「そういうわけで誤解があったら解いておいてよ」
「いやこれは俺らが言っても信じない」
「本人に言われても厳しい」
「そんなに?」
「いやだって、仮に付き合ってないとしても、少なくともどっちかがどっちかを好きなんだとは思ってたからな」
「うん好きだよ」
 俺は。と間髪入れずに答える。幼馴染のことは好きだ。間違いなく。それが付き合いたいとかそういうことに繋がらない"好き"だというだけで。
「それに、」と付け足す。
「みゃーこも俺のこと好きだよ」
「……」「……」
 前に座る二人が揃って変な顔をする。横の同級生は苦笑いをした。

「もうやだほんとなんなの」
「いっそ付き合えよ」
「だからほんとそういうんじゃないんだって」
「じゃあ猫原さんに彼氏ができてもいいわけ?」
「いいよ別に。ご自由にって感じ」
「ていうか中学でも居たしな。こいつらこんだけ一緒に居て、二人して全然別の奴と付き合ってんの。結局別れたけど」
「あったね、そんなこと」

 俺にとって、幼馴染を好きだという人間が現れて、みゃーこを幸せにするという話はむしろ願ったり叶ったりだった。それでもし、幼馴染が誰かを愛したりなんてことになったなら、たぶんそれは奇跡で。

 同中出身二人の会話に、今度こそ目の前の二人が言葉を失う。そのことに再び耐えかねたらしい同級生の笑い声だけが放課後の教室に響いた。たぶんだけどこいつ笑い上戸の気がある。

「あいかわらず愛されてんなー、猫原さん」
 その言葉に少し違和感を覚える。
 愛情であることは変わりないにしろ、そうじゃなくて、俺が抱えるのはもっと些細でありきたりな願いだった。だから。
「別に、普通に好きなだけだよ」


 別に、愛とかそういう壮大な話じゃなくて。
 しあわせになってくれ、って、それだけがきっかけですべてだったから。

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