いくつめかの駅を出て、また列車が揺れる。
向かい合うように座ったボックス席で、悠生は目の前に座る少女をそっと盗み見る。その視線を知ってか知らずか、彼女、猫原碧は窓の外を眺めていた。
クラスメイト。友達の友達。悠生は碧との関係をそういうものだと思っているし、それは多分碧も同じだ。二人を繋ぐのはあくまで学校で、悠生の友人であり碧の幼馴染である一人の少年で。
それなのに、夏休み終盤の今日、悠生は碧と二人きりで列車に揺られている。
今から小一時間ほど前。待ち合わせの時間ちょうど。現れた碧は黒いリュックを背負っていた。
「お待たせしてすみません」、「では、行きましょうか」。
彼女が悠生に向けて発したのはその二言だ。
「ふたりぶんお願いします。私と彼と」
改札の駅員にそう話しかけた碧の背を追うように、悠生も改札を抜け列車に乗った。行き先さえ知らぬまま。
悠生の視線に気がついたのか、碧が悠生に目を向ける。その目が明るい茶色をしていると、悠生が知ったのも最近のことだ。正面から向き合うような関係ではないのだ。
見慣れないふたつの瞳。言葉の足りないことの多い彼女の代わりをするように、それはいつもやけにもの言いたげで、悠生はその瞳と目が合うといつも落ち着かない気分になった。見透かされているような気がするのだ。居た堪れない気持ちに急かされるように、悠生は口を開く。「あの、さ」「はい」
「これから、どこに行くの」
碧が目を瞬かせる。驚いたようだった。
「古橋くん、それ、いまさら聞くんですか」
そして今日はじめて、碧が笑う。
何が楽しいのか、その笑い声はいつもの彼女からは考えられないほど軽やかに響いた。たじろぐ悠生をよそに、笑いながら碧が続ける。
「何も説明していませんでしたね、そういえば」
「そうだよ。この前家出って聞いた以外、待ち合わせの場所と時間しか聞いてない」
「でも、それなのに着いてきちゃったんですね」
押し黙ったのは図星が半分と、未だくすくすと笑う彼女に調子を狂わされたからだ。今日の彼女はいつもと違う。そして、それは自分も同じだ。「朝5時50分に、北改札で」。たったそれだけの連絡を受けて二日後の今日、朝の街を自転車で駆ったのは悠生自身だった。
居心地悪そうにする悠生に気が付いたのだろう、碧が笑うのを止める。
「あ、ごめんなさい、行き先ですよね。……そうだなあ、」
悠生には、目の前で思案する彼女と普段同じ教室で授業を受けている碧とが同一人物であるとは思えなかった。頑なな敬語と、乏しい表情。猫原碧とはそういう人物ではなかったか。
困惑する悠生の目の前で、見慣れたおんなのこに似た少女がまた笑う。
「どこまでも。なんて、どうですか?」
今日何度目かの、出発を告げる汽笛。息を呑んだのは、突然響いたその音に驚いたせい、だけでは、ない。