きみはなにもわるくない。初めから間違っていたね、街の盟主の一人息子。いつだって君の些細なおねだりは不幸を生んだ。
「かけっこで一番になりたいな」
一番足の速かったあの子はもう歩けない。
「あのねこを抱いてみたいな」
差し出されたのはもう動かない子猫。
幼い君にだってわかることだ、恐ろしい出来事の引き金が自分の些細な願いだということは。
にこにこと笑う家族の恐ろしさに君は泣いた。そう、君だけが泣いていた。


きみはなにもわるくない。
いつしか君は口を開かなくなったね。そうしたら次はその眼差しが不幸を呼んだ。

果樹と花に彩られた庭は子供たちの遊び場だったね。金持ちらしく物に頓着しない君たちにとって、庭に子供が入ることくらい何の問題にもならなかった。
君はその子供達を見るのが好きだったね。友達らしい友達も得られず、幼い頃から屋内で勉学に励むよりほかなかった君。忍び込んで遊ぶ元気な子供たちはその目にどれほど眩しく見えたことだろう。その微笑ましさに目を奪われて、ただ眩しさに目を細めた。言うなれば慈愛の瞳だ。領民たち、未来ある子供達、彼らを守ることが使命なのだと、あの子供たちは君に教えてくれたね。君は決意を新たにした。
けれど、次の日からあの子達の声はしなくなったね。


きみはなにもわるくない。
こんなこともあった。ある朝のことだ。屋敷に響いた大きな音に振り向いたら、目が合った使用人は顔を青くしたね。その彼女は震えた声の「申し訳ございません」を最後に屋敷から消えてしまった。あのとき君が差し出した白いハンカチを、震える手で押し返した彼女。どこへ行ったのか、なんて誰にも聞けなかった。
きっと田舎に帰ったんだって、思っていたんだろう、信じていたかったんだろう。


きみはなにもわるくない。
君は愛されていたね。君の家族は、君を溺愛した。血の赤さえ疑いたくなるほどの、壊して奪って差し出して取り除いて君を埋め尽くす愛の所業。
そしてとうとう歪な愛は君の両目を貫いた。君の視力を救えなかった医者が最後の犠牲者。
おめでとう、君はもうだれも不幸にしないよ。


きみはなにもわるくない。
狂った家族と一緒に笑い合える君なら良かったんだ。せめて開き直れる君だったなら、それでも良かった。けれど君は違ったね。狂った一族の歴史の中、当然に狂った家族に囲まれて、君だけが普通だった。普通の優しさ、真っ当な感性と健全な良心。ただそれだけ、たったそれだけのことだったんだ、家族が君を宝だと思ったのも、君が苦しんだのも、誰かが不幸になったのも、すべて。
もう、気が付いてしまったね。


きみはなにもわるくない。
けれどすべてわかってしまった今、もう生きてはいかれないだろう。
誰一人君を責めないだろう。けれど誰が許したところで君は君を許さない。
すべて総じて何もかも、「だからこそ」の出来事だったんだ。一族に受け継がれてきた歪みを、ただ一人持たなかった君。だからこそ。

きみはなにも、わるくなかったけど。

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