(憎き魔王が見知った顔だった話)

 最後だもの、話をしようよ。
 色違いの目玉は欲深の証だって村のみんなが言ったね。二つに一つを選び損ねた欲深な子供なんだって。馬鹿げた迷信が罷り通る土地だったんだ。隠居したかった世界の英雄が世を捨てて逃れ込んだ閉鎖的な村、僕の愛しい生まれ故郷は。

 きみたちは村を出たんだったね、その後は幸せに暮らしたかい。僕から言えるのはただ一つだけ、あの村は滅びたよ。地図にも載らない小さな村。誰の記憶にも残らない。あの晩は朝が来るまでずっと炎を眺めてた。人はどうして火がつくと踊るんだろうね。あまりに動き回るものだから、余計に空気を抱き込んで火柱が高く高く伸びた。火が消えたのは二日後だったよ。その日に雨が降ったんだ。

 そのあとは色々なことをしたよ。商人に拾われてサーカスに買われたと思ったら奴隷市に売り飛ばされて貴族に飼われて盗賊に強奪された。どれも結構上手くやれたと思う。ねえ知ってる?通貨の価値は一定ではないけれど龍の鱗はどこでも高い価値があるよ。火の輪くぐりは多少焼けてもくぐりさえすれば成功。言葉と手は使わない方がウケが良い。でも一番向いてたのは盗賊かな。筋が良いって褒められたよ。小さな子供はそれだけで油断を誘える。盗賊団のひとたち、僕は結構好きだったんだけど。みんな死んじゃった。悪人だから仕方ないね。
 僕はそのあと孤児院に行った。手癖の悪さが抜けなくてよく叱られたよ。でもそのあと必ず抱き締めてくれたんだ。僕、みんなみんな好きだった。でもやっぱり死んじゃった。悪いことをしてなくても死んじゃうんだって思ったよ。

 そのあとは世界を舞台に大活躍。きみももう知っているね。
 魔物の王が魔物だなんてどうして思ったのかな。今まで人語を解する魔物には出会った?魔王だけが人間たちと意思の疎通ができた。それはなぜ?答えは簡単。魔王が人だったから。側近は混血が多いから話そうと思えば話せるんだけどね。人とは話したくないってさ。彼ら僕のことなんだと思ってるんだろう。同じ半分の子供だと思ってるのかも。とにかく僕は交渉役としてここに呼ばれたんだ、気付いたら魔王ってことになってたけど。

 だからおめでとう勇者、可哀想に×××。これできみは〈英雄の息子〉から〈英雄〉になる。旅を始めてからきみはずっと〈勇者〉だったね。自分の名前を覚えてる?×××。きっともう呼ばれることのない名前。僕が連れて行ってあげる。あの世まで。

 僕の不手際でこんなことになってごめんね。まさか人を殺したことがなかったなんて知らなかったんだ。せめてきみが勇者になるってはじめからわかっていたら僕もこんな仕事はしなかった。でもね、きみ。心を痛める必要はないよ。あの村生まれで世界にたったふたり息をしている僕ときみ。きみが殺した魔物の数と僕の殺した人の数は同じかもしれないよ。だからきみはなにも怯えなくていい。僕もなにも怖くない。
 僕は彼らの親玉だ。賊長が僕ら部下を見逃すために最後まで抵抗したみたいに。院長先生が僕ら子供をかばって斬り殺されたみたいに。彼らの責任は僕が取ろう。僕の愛した虐げられし弱きものたちのために僕ができる最後のこと。かなしいね、助けてとだいきらいなはずの人間に縋った彼らを守れなかったことだけがかなしい。彼らはただ虐げられずに生きられる世界が欲しくて、僕はそれを叶えてあげたかっただけなんだけれど。この世界の人間の数と魔物の数を知っている?魔物の方がずっと多い。でも虐げられて贅沢さえ望めない彼らは半分でいいって言ったんだ。世界の半分だけでよかった。でも仕方ないね、村のときも賊のときも院のときも、いつだって人間は無力だ。英雄を除いて。

 だからきみも全うしよう。悪を成敗。世界に光を。それがきみのお仕事。口八丁で色々なものを買わせるみたいに、道化師の装いで大玉に乗るみたいに、子供の死体を妻のはらわたで飾り付けて強情な男に見せつけるみたいに、きみは魔王を殺すんだ。

 でも最後にひとつ。きみだけは知っていてね。僕は世界を恨んだことはない、何かを憎んだり嫌ったこともない。きみのことも好きだよ。ただ一人の同郷生まれ。
 僕はこの世界を愛していたよ。

 世界はきっと、僕のことを嫌いだったけど。

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