「私、先輩のそういうところは好きですね」
「どういうところさ、それ」
そういうところですよ、とゆるゆると綻ぶ笑みはわかりづらい。分かるようになったのは話すようになってしばらくしてからで、それはつまりそれだけの時間を彼女と重ねたということだ、不本意なことに。
GWも後半に差し掛かったころ、懐かしい顔を見かけた。最寄りの本屋で出くわして、そこから成り行きで喫茶店に入るくらいの親しみがまだ残っていたことに他人事のように驚く。最後に話したのは高3のころだから、1年と少し前のはずだ。
こっちに来てるなんて知らなかったよ、言ってませんからね、なんて下らない会話で口火を切って、当たり障りなく踏み込まないのもいつか通りのお互い様だった。
親しみと嫌悪が似ていることは彼女と出会ってから知った。つまりいわゆる同族意識というものを。
氷の入ったグラスを延々かき混ぜる悪癖は直っていないらしい。味が薄くなってから後悔する頭の足りなさはどうだろう。少しは学習しているのだろうか。
「先輩はいつも紅茶ですね」
たまにはアイスティーとか飲まないんですか、と言う目の前の彼女が猫舌であることを俺は知っている。加えて言うなら子供舌。
「俺はケーキセットでジュースを選ぶ方が不思議だけどね」
「ビタミンCです」
「そういうのを気休めって言うんだよ」
「良いじゃないですか、気休め」
休まらないよりずっといいでしょう。
不貞腐れたようにして彼女がストローを吸う。
「……まあ、たしかに。それもそうだね」
呟いた俺に目の前の後輩が少し目を丸くした。咥えていたストローが口から離れる。
「なに」
「いえ、」
「言え」
「……変わりましたね、と、驚いただけ、です」
所詮気休めって追撃されると思ってました。
それだけ言うと下を向いてフォークを持ったものだから、その決まり悪そうな反応が少し面白かった。
この後輩は人の性格を随分悪く見積もってくれていたらしい、まあ仕方ないだろう。実際高校に居た頃ならそう言っていたはずだ。
「なに、おかしい?」
「前より健やかそうですね」
「可愛くないね、生意気」
「……訂正で。それ結構好きですよ」
「あはは。俺も、」
今の自分のことは結構好きかな。
フォークが落ちる。隠しきれない動揺が面白い。幽霊でも見たかのような顔だ。
「……ほんとに、憑き物が落ちたみたい」
「憑き物、いいね、それ。採用」
この後輩の言葉選びは一級品なのだ、同時に使い方が下手くそでもあるけれど。
言い得て妙の愉快さに笑う俺を見て、目の前の後輩が死にそうな顔をする。
変わったのはどっちだか。前の彼女なら困惑顔が表情筋の限界だった。
「たのしいね?猫原さん」
「……もう勘弁してください、古橋先輩」
最近は良い朝だと思って目覚めることもある、なんて、言えばこの後輩はますます死にそうな顔をするのだろう。言わないけど。