初恋ボーダーレス



今年こそ。
もう何度、夏が来るたびに心に決めて、そして虚しく散っていっただろう。
今年こそ。


藁をも縋る思いでたどり着いた先は学校の近くにあった寺で。平日の夕方という事もあってか境内には人の気配すら感じられない程静かだった。


(今しかない)


俺は握り締めていた11円を奉納箱へ投げ入れ、手を合わせて目を閉じた。そして強く念じた。


(今年こそ…今年こそ恋人が出来ますように!)


じっくり言うのも恥ずかしいソレを、頭の中で一息に唱える。


俺はこれまでに一度も恋人という存在が出来た事が無い。
好きな奴が居て告白が上手く行くか心配だからというわけでも、モテないからというわけでもなく、ただ恋人が出来た事がない。
自慢やないけど割りとモテる方やと思う。けど、知らない奴から告白されても断ってしまう。他人をいきなり好きになれるほど器用な人間じゃないからや。それでも人並みに恋愛というものに対して興味を持っているから、付き合ってみたいし、色んな事をしてみたいとも思っとる。
他人に対して今ひとつ本気になれないんやったら、俺に好きな人が出来れば本気になれるんじゃないかって。頑張れば恋人も作れるんちゃうかって。
だから俺の願いは、正しく直すと「好きな人が出来ますように」だと思う。
こんな事を神様に頼むなんてお門違いやって重々承知の上やけど、「神様にお願いしたから」という心のアドバンテージがある方がなんか、ええような気がするやん?


「ふー…」


と軽い気持ちを装っていながらも眉間にしわが寄るほど熱心になっていたらしく、割と本気で神頼みをしていた自分に気が付いて一気に恥ずかしくなった。
あほらしい、と祈る体勢を解き、何事もなかったように来た道を戻ろうと振り返った。


「あ、」


振り向いた先に居たのはコンビニ袋をぶら下げて棒アイスをガリガリとかじっている修行僧の格好をした、褐色の肌とは対照的に明るい金髪の男が立っていた。そんな髪色でも坊さんになれるのかと自分の中で突っ込みを入れて、その横を通り過ぎようとした時、男があ、と大きな声をあげた。


「お前、財前だろ?四天宝寺中の」
「は?誰、アンタ」
「比嘉中の平古場やっしー。名前くらいは聞いたことあるだろ?」


男はあろう事か突然俺の名前を呼んできた。生憎、沖縄訛りの強い知り合いはいない。けど、比嘉中と聞いて青学と試合するに当たって収集したデータの中にそんな名前の学校があったなと思い出す。
そういえば全国の後で飛行機乗り遅れたとかで歩いて大阪まで来て、四天宝寺の近くの寺で旅費が送られてくるのを修行しながら待ってるとか、前に誰かから聞いたような気がする。


「あー…すまんけど名前聞いた事あらへんわ」
「えっ?」
「?…名前が知れ渡ってるくらい有名な奴なんとちゃうん?悪いけど俺、そういうんあんま興味なくて」
「え、あー…お前、なんでコイツ俺の名前知ってるんだ、とか思わないんばー?突然名前呼ばれたら普通は引くやっしー」
「いや別に。アンタが誰かどうかの方が気になったで」
「は!何お前天然やんにー?かーわいい」


あはは、と黒く焼けた肌と正反対なくらい白い歯を見せてニカっと笑う顔に、可愛くないとかいう反論の声を咄嗟に引っ込めてしまうくらいドキっとした。
比嘉中は手厳しい事をする、とも聞いていたからどんな厄介な連中なんやろって思ってたけど、目の前の奴は初対面の奴にこんな無邪気な顔をして笑っている。本当はそんなに悪くない連中なのかもしれないと思った。


「そういえば俺、関西弁聞くのって初めてさー。やっぱ全然沖縄と違うんだな」
「そんなん言うたら平古場さんの言葉かてこっちじゃ聞きなれないですよ」
「あ、凛でいいしー。平古場って長ったるいやあ」
「え、あー…じゃあ凛、さん?」
「さんて!俺は女じゃないやっしー」


自分の中で平古場凛という人物に興味が沸いていくのがわかる。それは凛さんも同じだったみたいで、お互いに同じ事を考えてる、とまた笑い始めたのやった。
短い時間の中で色んな事を話した。お互いの部長の話で共通しておっかないとか、普段聞く音楽とか、服のこだわりとか、本当に他愛も無い話をした。普段、そんなに話すのは得意やないはずなのに、なんで凛さんとは途切れる事もなく話す事が出来るんやろうか。


(あ、)


そして一つの事に気が付く。
凛さんと居るのが苦痛でない事。それは俺が凛さんに興味を持っているから。この人は一体何が好きで嫌いで、何を思っているんやろうと、知りたいと思っているから。きっと凛さんも俺に対して同じような事を思っていると思う。
だって、さっきからずっと俺の目を見て話している。この人のクセのようなものなのかも知れへんけど、それにしたってそんなに見つめられては、何も思っていなくてもドキドキしてしまうってもんや。
…ドキドキ?男に対して?そんなん、アリ、なんやろうか。


「それにしても熱心に祈ってたなぁ。何をお願いしてたんば?」
「…いつから見とったん?」
「賽銭投げるくらいから?この寺、あんまり人が来ないからよ。珍しいからずっと見てた」
「は…マジで…ちょお、見なかった事にしてくれへん?」
「おー?何でやし」
「だって何か男がお参りって女々しくて嫌やんか」
「そうかぁ?別に気にならないけど」
「…そう?」
「そーそー。で?何をそんなに熱心に?」
「あー…絶対笑わへん?」
「おお」


やっぱり凛さんは目線を外さずに俺の事を見て来た。嘘をついてしまおうかとも思ったけど、真っ直ぐな目線には勝てなかった。


「恋人が…欲しいって…お願いした」
「恋人?へーじゃあ今彼女いないのか?」
「今っちゅうか、生まれてからやな」
「うそ!じゃ、お前どうて…」
「悪いんか」
「いやいや、俺も全く一緒やし」
「は?そんなかっこええのに?付き合った事ないん?」
「嬉しい事言ってくれるしやー」


けど財前君だってかっこいいしや、と未だに慣れない沖縄訛りの言葉が耳に届く。男が男をかっこええとかよう言わん。俺が凛さんに言うのはいいんや。だってさっきからドキドキ言っているのはきっと。
けど凛さんが俺に言うのは訳が違う。…期待してしまう。
この夏の暑さでちょっとだけ思考が鈍ってしまえばいいのに、と。


「…な、興味ない?セックス」
「セッ…!え、ええ?」
「俺ずっとしてみたかったんだけど、彼女とかも居なかったからさー」
「え、俺、男やけど」
「…してみたくない?」
「…………」
「……イヤ?」


下から俺を覗き込むようにして凛さんが見つめてくる。少しはにかんだ笑顔を乗せて。そんな顔するなんて卑怯や。こんな突然、初対面の相手に持ちかけて来る話じゃないのに、断れるはずがないと思っている自分がおる。
…断るべきなのに。


「嫌じゃない」


口から出て来たのは紛れも無い本音。
夏の暑さで思考が鈍ってしまっているのは、俺の方かも知れない。







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