書房 | ナノ

恋する金魚



宝石みたいなリンゴ飴と、ふわふわの綿菓子。頭の左側には狐のお面をつけて、屋台料理も満喫して。ひよひよと狭い袋の中で泳ぐ金魚は涼しげで、水に赤い絵の具を落としたときのような儚さもまた、金魚の魅力なのだろう。新しく買った金魚が泳ぐ白い浴衣は、私が一目惚れして買ったもの。私は思う存分にこの盂蘭盆祭りを楽しんでいた。


一人で。


いや、別に寂しくない。本当に寂しくなんかない。リンゴ飴も綿菓子も焼きそばも唐揚げもたこ焼きもおいしいし、金魚すくいやスーパーボールすくいも射的も楽しい。そう、本当は友人と回る予定だったのに彼女は途中で彼氏と流れていったことだって、ちっとも寂しくなんかない。ちくしょう友達より彼氏を取るのかリア充爆発しろあのやろうなんて微塵も恨んじゃいないのだ。

一人、楽しいなあ!



「痩せ我慢が見え見えですね」

「余計なお世話・・・・・・ほ、鬼灯様・・・!!」



振り返った先にいた声の持ち主は、まさかの上司。とはいえ私は経理課の一獄卒で、彼は唯一の閻魔大王付き第一補佐官である。部署も階級も違うのだから、私から見れば雲の上のような偉い方で、彼からみた私なんぞ10メートル上空からみたアリンコに過ぎないだろう。多少卑屈でやさぐれて聞こえるかもしれないけど、一人祭りを謳歌すると誰だってこうなると思うのだ。

慌てて頭をぺこんと下げれば、きちんと挨拶を返してくれる。「経理課の名前さんですよね」と私みたいな下っ端の名前ですら覚えていてくださったようだ。


「浴衣、大変お似合いです」


こうしたマメさというか、偉い人なのに偉そうにしないその謙虚さが、鬼灯様が人気たる所以なのだと思う。殺し文句を忘れない、そこもポイントが高い。密かに感動していた私をよそに、彼はきょろきょろ辺りを見回して、そして残酷な一言を私へと突き刺した。



「お連れの方は、どちらに?」

「・・・いません」

「ではお一人ですか」

「・・・・・・はい」

「妙齢の女性が独りでやさぐれて自棄食いをしながら祭りを回っているなんて、悲しくないですか」



うるさいな悲しいよ!!正直悲しいよ!この状況で寂しくないやつなんかいないよ!なんなの図星ばっかついてきて・・・!ねえ、私怒ってもいいんじゃない?これ私悪くなくない?なんなの?喧嘩売ってんのこの鬼!?

それでも彼は上司であり、(二回目だけど、直接の上司じゃない)ピキピキ引きつる頬を私が持つ最大限の理性と力でもって抑え、笑顔を浮かべた。



「ちょっと、事情がありまして・・・」

「では、一緒に回りますか?私も一人ですし」



思わぬ提案に固まると、では決定とばかりに行きますよだなんて手を引かれる。了承もしていないのに、それでも歩き出す大きな背中。きっと私がついて行くのは彼の中で決定事項なのだろう。

なんだか、とんでもない展開になってしまった。掴まれた手首が熱いのは、きっと気のせいだ。





いろんな屋台を巡って、笑って、ビビらされて。顔は無表情のままに楽しそうな彼に手を引かれて歩く。振り返っては私を確認する鬼灯様と、2人で。

往来は人で溢れかえっていて、恋人たちが目立つ。そんな彼らと同じように、獄卒の憧れの、あの鬼灯様が私みたいな一般鬼と歩いているから、道行く女の子の目が刺さる。私とてフツウの女で、鬼灯様みたいなスーパーマンに憧れているのだ。嬉しくて、へらへらと笑みが漏れてしまうのを必死に隠して。

ーーーひょっとしたら、私たちもそういう風に見えているのだろうか。そんな烏滸がましい考えを抱く頭を、ふるふる振った。今日限り、なんだから。いくら楽しくても、嬉しくても。独りの私を哀れんで(腹は立ったけど)、一緒に回ってくださっているだけなんだから。

明日からなんて期待しないし、望みもしない。今、この時だけを過ごせれば、それで十分幸せだ。他の女の子は感じられないかもしれない幸せを、私は経験することができたから。

ふと現実にかえって黙り込む私の手を、何を思ったか鬼灯様が強く引いて、違う場所へ向かう。人のいないその場所は、彼の穴場か何かなんだろうか。掴まれていた手は肩へ移動し、もう片方の手が空を指さした。つられて見上げた、その先に。

満開に咲く、花火。赤、緑、黄色、橙色。色とりどりの、鮮やかな空の花。盂蘭盆祭名物の打ち上げ花火が始まったようだ。

ーーーああ、カミサマ。
この、花火が上がる間だけ。その少しの間だけ、胸を高鳴らせることを許してください。鬼灯様と居たいと願うことを、許してください。


花火も終盤、いよいよクライマックスに突入するべく、濃紺の空には金色の藤が連なる。目をきらめかせて見上げていると、この数時間で聞き慣れた声が横から聞こえた。ゆっくりと、目を合わせる。



「これくらいで喜ぶなんて、名前さんも現き・・・単純ですね」

「それ意味変わってませんからね?純粋だと言ってください」

「まあそれはともかく」



・・・この人、ホントことごとくムードやら賛美をぶち壊すなあ。またも私の感想をぞんざいに扱ってくれた彼は、妙に自信めいてその整った唇を動かした。



「おかしいと、妙だと思いませんでしたか?地獄のようなバカデカい機関で、部署も年期も違う貴方をどうして私が覚えているのか。なぜ貴方を引き連れ此処まで来たのか、なぜ此処には私と貴方以外いないのか」

「いいえ全く?鬼灯様なので何でもあり、いたっ!」

「フザケてないで真面目に聞け」



ふざけたつもりは全くなかったのに、理不尽にも脳天にチョップを食らった。頭をさすろうと手を伸ばせば、私のとは違う、骨ばった大きな手が先にそこを撫でる。

流石に驚いて見上げれば、呆れたような、それでいて楽しそうな鬼灯様と目があった。



「ツイていると、思いました。友人に捨てられ、自棄になって独りで祭を回る名前さんを見つけた時。普段接点も何もない男から急に誘われても、受けてくれるかもしれないと」

「え、ちょ、何言ってるんですか?」

「貴方の友人に感謝しました。名前さんを捨ててくれてありがとうございますと。だから私は、このチャンスと偶然を利用し、無駄にはしません」



周りの音が、光が、匂いが一切消えて、私の五感を支配するのは目の前の彼だけで。さっきからすごく失礼かつ不名誉なことを言われてるけど、全く頭に入ってこない。

ああ、もう、どういうことなの。やめて、なんで、だってそんなこと言われたら、勘違いしてしまうのに!



「名前さんが好きです。ずっと前から好きでした。物怖じしないところ、必死で怒りを我慢するところ、寂しさに耐える悔しそうな顔、素直じゃないところ、経理課なのに電卓が使えなくて未だにそろばんを使うアナログ派なところ、笑うと眉が下がって、より幼くなるところ。

これら以外の、貴方の長所短所をも私は知りたい」



熱を帯びた目から、視線が離せない。掴まれた腕も力が込められている。逃げられない。物理的にも、精神的にも。

はくはくと口を開閉するだけの私の頭をくしゃりと撫ぜて、金魚みたいですね、と緩く目を細めた。

袂からだした懐中時計で時間を確認すると、未だ放心状態の私に告げた。



「私は亡者の回収に行かなければならないため、ここで失礼します。帰りはわかりませんので・・・そうですね、これ、預けていきますから後日返しに来てください」


返事は、その時に。名前さん。



付け足すように言われた最重要事項を言い捨て、さらさらの黒髪をなびかせて足早に去ってしまった。

足から力が抜けて、せっかく新調した浴衣が汚れるのも構わずに地面にヘたりこむ。ど、どうしよう。まさかこんなことになるなんて!

託された荷物たちの中には金魚も含まれていて、私の手にある金魚とビニール越しに仲良さそうなのが気にくわない。何よ、あんたたちだけそんな落ち着いちゃって。人間なんか・・・鬼なんか、大変なんだから。

誰もいないから、赤くなる頬を隠す必要もなくて。返事、決まってるけど・・・言いに行かなきゃだめだよね。目の高さに持ち上げたカーマインレッド二匹は、我関せずを決め込んで優雅に尾を振った。

鬼灯様の金魚くん。
君のせいで、私近いうち、きっと明日には返事をしなきゃいけなくなっちゃったよ。
君のおかげで、幸せで、恥ずかしくて息も止まりそうなの。
明日、きっと君をご主人様のところへ返しにゆくよ。その時に鬼灯様に好きですとお返ししなきゃいけない言葉があるの。だから、ねえ、



「お願い、私に勇気をちょうだいね」



来年、また、あなたとお祭りにゆけますように。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -