ただいま、おかえり





クリスマス2011!
パラレルです。







僕は二十数年前に工場で大量生産された布製の人形。髪は茶色に染色されるはず、だった。テスターとして一番初めに制作された僕の髪だけ、他のよりもかなり明るく染められてしまい、それは金に近い程だった。


なんとか処分されることなく、お店には他のものよりも安値で置かれることになった。それでも何故だか僕だけ全然売れないんだ。


他のおもちゃにも馬鹿にされて、値段はどんどん安くなっていった。クリスマス前、僕の値段はついに元値の半分以下になっていた。それと同時に分かってしまった。もしこれで売れなかったら、僕は処分される。
とは言っても、もう期待すら持てなかった。おもちゃ屋さんの片隅の古いワゴンで、ひっそりと終わりを感じていた。









「うわぁ!かわいい〜!!」


「あら、ここだけ随分安いんやね」
「ねぇままー!プレゼント、ひかるこれがいい!」
「光、ホンマにこれでええんか?光が欲しがっとったのとちゃうやん」
「せやで、髪の毛も変な色しとるし」


「いやや!これがええの!」





「これからはひかるとずっと一緒におろうな!名前はー…よし、ケンがええな!」









僕に名前が出来た。持ち主も出来た。ひかるはすごくいい子だった。その日にあった出来事をいっぱい僕に話してくれた。「洗濯機で洗うとケンが目回すとアカンから」って言って冬の寒い日も手で僕を洗ってくれた。だから僕はいつだってきれいだった。


ひかるは、本当にずっと一緒にいてくれた。大事に大事にしてくれた。嬉しいときも寂しいときも、部屋に入ると毎日毎日「ケン、ただいま!」って言ってくれた。



こうして、月日は経っていった。















「あのな、ケン、聞いて」


ひかるは僕に向かって話しはじめた。ひかるはもう大きくなって、会社でちゃんと働いている。他のおもちゃたちはひかるの甥っ子の手に渡った。僕だけはひかるの部屋にいた。


僕は知っていた。お別れが近づいていることを。



「あのな、ケン。うち、明日お嫁さんになるの。このおうちをな、出てくねん」


知っていたよ。毎日忙しそうに、でも楽しそうに準備をしていたじゃないか。僕はひかるのことならいっぱい知ってるよ。



「ホンマはケンも連れていきたかった。こんな年して、おかしいやろ?」


おかしくなんかないよ。本当は僕も、連れていってほしいんだ。



「せやけどな、うちの姪っ子がケンのこと欲しいって。もう古いでって言うのに聞かへんねん。もう売ってへんねんーってだだこねて。でもええ子やから、きっとうんと大事にしてくれるよ」




ひかるはふにゃりと笑ってそう言うと、ポツリと呟いた。



「ねぇケン、うち、大丈夫かな。謙也さんと、ちゃんと幸せになれるかな…」



ひかるのおもちゃになってから、ずっとずっと考えていた。この口が動けばいいのに。この手が動けばいいのに。ねぇ、ひかる。大丈夫だよ。ひかるは本当にいい子だから。世界で一番幸せになれるから。



「ケン、ありがとう」



僕は結局ひかるに話しかけることも頭を撫でることもできなかったけど、ひかるはありがとうと言った。
周りを少しきょろきょろと見回したあと、僕に軽くキスをして言った。



「ケン。ひかるのこと、忘れないで」
















ひかるはお嫁に行った。僕はおうちでお留守番だったけど、一生懸命ひかるの幸せを祈った。




「わ、まま〜!お人形、濡れとる!」



ただの飾りのはずなのにね、僕の目から涙が出た。


「ケンちゃん、どこかいたいの?大丈夫?」



ひかるの言う通り、新しい僕の持ち主はすごく優しくて、ハンカチで僕の目を優しく拭いてくれた。





ひかる、ありがとう。ありがとう。ありがとう。忘れないよ。絶対忘れない。ありがとう。ありがとう。ありがとう。


今年のクリスマスは一緒にいられないけど、僕はいつだってひかるが幸せでありますように、って願うから。



これからは新しく僕の持ち主になってくれたこの子のお話をたくさん聞いてあげる。
だからひかる、たまには帰ってきて。それで僕に、「ケン、ただいま」って言ってね。いつだって、「おかえり」の準備は出来ているから。





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