忘れないから





「謙也さん、明日何時に行くんすか」
「…光、明日お前も一緒に来てくれへん?」
「え、」


四月某日。謙也さんは毎年元カノの誕生日を祝いに行く。何年も付き合うとるけどこの儀式だけは変わらず行われる。自分で言うのもなんやけど、俺は案外嫉妬深いほうで。それでも、それをとめることは出来ないし、第一止める気も更々無い。
だって、彼女はもう亡くなってるから。


俺にとっては謙也さんは初めての恋人だけど、謙也さんは違った。幸せそうに手を繋いで一緒に帰るのを何度も見たし、実際謙也さんから紹介されたこともある。そのときは俺も別に謙也さんをただの先輩としか思っとらんかったから、ただ本間にほほえましいな、と思っただけやった。

彼女の死因は知らない。ただ俺が知っているのは、彼女は謙也さんに憧れを抱いていたほかの女生徒数人から激しいいじめを受けとったこと。彼女が死んだ後、謙也さんは飯が食えんくなって痩せこけたこと。それだけやった。


それから俺は謙也さんを好きになって、謙也さんも俺を好きになってくれた。嬉しくて仕方が無かった。だけど謙也さんと彼女の話をしたことは今まで一度だって無かった。

謙也さんは彼女の命日にはお参りには行かない。「どうせなら死んだ日よりも、生まれた日に会いたいやんか」って謙也さんは白石部長に言ったんやって。本間謙也さんらしくてええと思う。





謙也さんと手を繋いで彼女のお墓に向かう。お墓は綺麗で、お花もたくさんあった。きっと愛らしい人やったんやろうなって思う。


長い間、手を合わせて目を閉じる謙也さん。俺は、彼女に何を伝えればいいのか。謙也さんと幸せでごめんなさい?子供が産めなくてごめんなさい?謙也さんをのこしていなくなってしまって、あんなつらそうな顔をさせたあんたを俺は恨んだことやってあるんや。
俺はあんたに、何を伝えればいい?




帰り道、俺と謙也さんは手を繋いで無言のまま歩く。毎年目を真っ赤に腫らして帰ってくるのに今年は俺がいるからか謙也さんは泣かなかった。俺は今日本当にここに来てよかったのか。


「なぁ、光」
「なんですか」
「俺な、やっぱり一生あいつのこと忘れられへんと思うねん」
「…忘れちゃ、駄目です。絶対、」
「うん、光ならそう言うてくれると思った」

ひかるでよかった、って夕日をバックに笑う謙也さん。俺やって、謙也さんでよかった。
謙也さんは、彼女のこと忘れちゃいけない。ずっとずっと。この際俺は2番目でもいい。謙也さんはいつだって、笑ってなきゃいけないんだ。


「あんな、光。本間俺最低やけどな…俺ん中でいっちばん綺麗なのはな、きっとこれから何年経っても…きっと死ぬまで、あいつやねん」
「それで、ええんですよ」
「けどな、」


謙也さんの手に力がこもる。今年は謙也さんがせっかく泣くのを我慢したっていうのに、俺が泣いてどうするんや。泣くな俺。やって今日は、彼女の誕生日なんやから。


「一番可愛いのは、光やで」




俺が結局あの時彼女に伝えたのは、謙也さんは必ず俺が幸せにしたるよ、ってことと、先に死んで馬鹿野郎も言ってやった。あと、俺は謙也さんよりも一日でも多く生きるから心配要りませんよ、って。


自己満かもしれへんけど、彼女は俺のこと本間は嫌いかもしれへんけど、ありがとうって聞こえた気がして。
俺は今日と言う日の景色を、全部覚えておこうと思った。


ねぇ、来年もまた、俺も来てええかな?
次は花束持ってくるよ。何色がいい?





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