遊びに来てやったぞ、と言って私はいつものように妹子の仕事場にやってきた。

「今忙しいんで後にしてもらえますか。てか帰ってください」

私が来てやったのに背を向けたままそう言う妹子は無視。そのまま私は妹子の背に自分の背中をくっつけて座り込んだ。少し寄っかかるとすぐさま「重い」と文句を言われたが、相手は筋肉オバケだ。大丈夫大丈夫。

「なあ妹子」

「……なんですか」

話しかけると少し間を置いて面倒くさそうに返事が返ってきた。よし、怒ってない。気分を良くして私は話を続ける。

「お前は野菜だよな」

「は?」

「あ、間違えた」

危ない危ない。野菜とか言ったら絶対怒る。今日話したいのはそんなことじゃないんだから。今度は間違えないように落ち着いて口を開いた。

「お前は優しいよなあ。真面目だし、人のこと気遣えるし、人の為に動けるし」

「そういう風に育てられただけです」

「それに、人の悪口を言わない」

「あなたにはたっくさん言ってる気がしますけどね」

「それは本気じゃない」

そう断言すれば、妹子は黙り込んだ。そんなこともわかんないと思ったかこのお芋め。

「しかもこの私に付き合ってくれる!」

「そりゃあアンタ仮にも摂政だし…仕方なく、ですよ」

「嘘だ。お前は優しいよ」

「…で、だったらなんですか?」

「そんな優しい妹子が、私は大好きだって話だよ」

背中越しに妹子が息を止めたのがわかった。よし、成功。

「………そうですか」

少ししてから返ってきた返事は素っ気ないものだったけれど、ちらりと盗み見たその耳が真っ赤になっているのを見ただけで、もう十分満足だった。
私ってば世界で一番幸せ者。

満たされた気分に浸って目を閉じれば、背中合わせの妹子の呼吸が感じられた。さっきまで少し早かったそれは、今は穏やかに動いていた。
ああ、呼吸までもが優しいと、また彼が愛おしくなった私に、ゆるゆると睡魔が近づいてくる。文句を言いながらも優しく私を起こしてくれる妹子を想像して、それもいいなと、私は意識を溶かす春の日差しと背中に伝わる妹子の温かさに身をゆだねた。



やさしい呼吸の行方
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